黒鷲の旅団
22日目(21)無慈悲と残酷の狭間
「シッ! ……何だかあいつら、やる気無くね?」
逃げ出そうとするケルピーの後頭部を射貫きつつ。
振り返りながら言ったのはマルカ。
彼女の言う通り、敵陣は戦意を失いつつある。
ケルピー、オーガ、キマイラまで沈黙。
加えて、ヒュドラでさえ撤退を開始している。
バリスタの攻撃を食らって、最初は威嚇していたが。
割に合わないと思ってか、尻尾を巻いて逃げ出した。
巣や子供を脅かされているでなし。
魔族テイマーなどの指揮統率も無い。
ゴブリンを食って腹も膨れたのだろう。
大怪我を負ってまで、俺達を襲う甲斐は無い。
本能の範囲で合理的に判断している。
『当たりよ。ゴブリン騎兵。逃がさないんだから』
『こっちはハズレ……待って。居た。渡河中を狙う』
アンヌ、ジュス姉ら、捜索部隊から通信。
やっぱり居やがった奇襲要員。
人間が人間同士で戦争ばかりしている。
知恵を持つモンスターは、それを見て真似るらしい。
他人の嫌がる事をやるのが戦争だ。
略奪を、戦争を好むゴブリン達。
他人の嫌がる事が大好き、か。
自然の摂理は非情だが、狙って残酷なのではない。
悪意を持って襲って来るのは、知恵を持つ物だけだ。
そういう意味では、ヒュドラよりゴブリンの方が悪辣だな。
ゴブリン、人間、亜人や魔人……あとは、神か。
神様方、おかしな運命操作してくれていなければ良いが。
『あっ、違った。カエルだった』
『違くないよ。あのカエルは撃っても良いんだよ』
ゴブリン本営は川向こうの林まで後退した。
顔を出す度、ユッタやジルケに狙い撃ちされている。
ジルケ的にヴォジャノーイはハズレ扱いらしい。
戦況はやや優勢にて停滞。
気になるのは遠方のリンドヴルムだが……
と、再度探知に掛けて気付いた。
ゴブリンの反応が複数、リンドヴルムの方に向かった。
何をする気か。ロクな事ではあるまい。
少しして、リンドヴルムは移動を開始。
ゴブリンに誘われる様に、こちらへ向かっている。
嫌だなあ。幾ら、敵意・悪意が無いといっても。
無邪気に突っ込まれたって、村は壊滅しかねない。
各隊に撤収準備を促す。
しかし、まだゴブリンが居る、とジルケの主張。
ゴブリンは皆殺しにしないと気が済まないか。
その是非はともかくとして。
ゴブリン達もリンドヴルム接近に気付いた様だ。
喜び沸き立ち、ゲラゲラ笑っている様に見える。
……まだ中立反応なんだけどな、リンドヴルム。
しかし実体はどうあれ、一緒に突っ込んで来ると厄介だ。
幾らか追手の足を止めてから逃げよう。
各隊、魔法付与を用意。30秒だけ全力射撃を行う。
30秒。待てるのはそこまでだ。
リンドヴルムは今でこそ徒歩の様だが。
空なんか飛ばれたら、一気に詰められる。
残ったら次回。必ず潰しに戻ろう。
ジルケは不満げに、しかし頷いてくれた。
全力射撃に備え、ジルケは転移魔法でM2を呼び出す。
カーチャがそれに倣う十字射撃の体勢。
俺も対物火器で応援に回る。
ユッタとイェンナは、何かモゾモゾしている?
「重い! 重いよ!」
「せ〜のっ! ダメだ。マルカ〜」
「何だ、それ。フェド姉、そっち持って」
「よっし。そ〜れ、よいしょ〜っ」
どしゅう、ずどん、ばりばりばりばり。
……おい。今、何を撃った。
ジャベリンミサイルみたいなのが飛んで行った。
木々諸共、ゴブリン達を薙ぎ倒している。
所持金は好きに使って良い、とは言っているが。
思い切った物を買って来たな。
しかし、派手にやり過ぎたか。
リンドヴルムの移動速度が増した。
敵愾心はともかく、興味を引いたかも知れない。
攻撃中止。陣地放棄。撤収。撤収指示。
子供達が動くより早く、林を巨体が突っ切って来る。
「わああ、来た来た来た!」
「はわわわわわ!」
子供達、ドタバタと後退。
横隊を広げ過ぎた。
後ろの陣地を乗り越えるのに手間取っている。
もう少し追手の足止めが要るか。
俺はリンドヴルムの前に立ち塞がる。
長剣を抜いて、しかし切っ先は横へ。
こちらも敵意は無いが、来られても困るんだ。
止まってくれるかどうか。
「お兄さん!」
「パパさん、早く!」
俺は大丈夫だから、早く行って。
振り返る子供達に念話。
左手で帰還スクロールを掲げて見せる。
掲げるが……ギリギリまで引き付けないと。
リンドヴルムの方は、俺を見て速度を落とした。
俺の十数歩手前で立ち止まる。
ぎょろりとした瞳と目が合った。
視線は俺、子供達……行ったり来たり。
何かを考えている様だが、どうする気か。
暫くして、鼻息1つ。
リンドヴルムは踵を返して退いて行った。
どうやら見逃してくれる様だ。
気まぐれか、子供は食わない矜持でもあるか。
子連れを襲うリスクを嫌っただろうか。
どうあれ、完全に向こうの都合で命拾いした。
気まぐれで戻って来られても怖いな。
今夜は村人達も屋敷の方へ避難させる。
索敵、監視だけ、交代で行おう。
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