黒鷲の旅団
22日目(22)雨の夜・初級編
「うわっ、うわっ! ビックリした!」
カーチャが慌ててしがみついて来る。
そうだ。急流の近くは危ない。
急に足場が崩れたりするから。
手を繋いでいて良かったな。
夕食を済ませた子供達から、参謀役と斥候担当。
順番に悪天候・夜間巡回研修、の真似事をする。
まあ、ちょっとした散歩程度だ。
咄嗟に抱えられる2人ずつ連れて回る。
骸骨騎士団が先に巡回して、敵影はほぼ無し。
魔物避けの装具や術も再点火している。
比較的安全な状況、だからこそだ。
夜間かつ雨天という状況を見せておきたい。
何が危ないか。どこが危険か。
話をしながらポータルから農村へ。
用水路沿い、川の手前まで行って戻る。
流石に川の本流まで行くのは怖い。
「きゃはは……あ、あっ! ああー!」
カリマ、靴裏で用水路の水をチャプチャプ蹴っていて。
ブーツがすっぽ抜けて流された。
慌てて追いかけようとするのを抱き留める。
落ち着いて。持ち物を呼び出す魔法は何だった?
「あ、えっと、コールストレージ!」
転移魔法の発動紋が淡く光る。
カリマの手元に、水の入ったブーツが戻った。
そう、俺達には転移魔法がある。
落とし物を追い掛けて流されない様に。
魔法が無かったとしても、後で探しに行く。
靴よりお前達の方が大事なんだからな。
テヘヘと笑うカリマ。
回収したブーツに足を突っ込んで。
しかし慌ててまた脱いだ。どうした。
ブーツを引っ繰り返すと、水と一緒に小さい魚が2匹。
カリマは足を突かれて、くすぐったかった様だ。
まあ、お魚さんに悪気は無い。
こいつらは川へ逃がしてやろう。
さて、増水した川に落ちたのが、靴でなく友達だった場合。
やっぱり靴の様に、ぴゅーっと流れて行ってしまう。
こう日が落ちていて暗いと、見つけるだけでも大変だ。
落ちるのも落ちられるのも避けたい。
今日の所はまず、怖いというのを肌で感じてくれたら良い。
救助隊を組む以前に、みんな落ちない様に気を配る事。
あとは……そうだな。落ちて流されるのが敵だったなら。
狙える局面は限られるが、水攻めという発想も覚えておこう。
川を塞き止めたりして、水を溜めて、一気に流す。
逆に、敵が使って来る場合。
乾季でもないのに川の水量が妙に少ない、とかな。
上流で塞き止めている奴が居るかも知れない。
敵の作戦を潰すのも、参謀や斥候の役目だ。
1つ1つ覚えて行こう。
本当は、子供達が戦わずに済むのが一番だが。
悪意を退けたり足止めする方法は必要だ。
自分の身を守るのに、子供だからは関係無い。
「どうだった?」
「川、結構ヤバイ。おっちゃんが居たから平気」
ポータルから屋敷に戻って一息。
カーチャに声を掛けて来たのはノイエだ。
他にもエントランスに第1銃士隊が勢揃い。
武器の手入れをしながら仲間の帰りを待っていた。
「お靴がね、ぴゃーって流れたの」
「靴? あははっ、ぎゅぽぎゅぽ言ってる」
濡れた靴を踏み鳴らすカリマ。
イェンナと揃って楽しそう。
楽しそうなのは良いが、乾かさないと。
風呂も入って、よく温まって。
「パパさん、一緒に入る?」
「背中流そっか」
俺は……ほら、次のチームとまた行って来ないと。
次は第1弩兵隊。ティルアとツェンタ。
これまたヤンチャコンビだから、締めて掛からんと。
呼んで来るよ、とユッタが駆けて行く。
ティルア達を待つ間、俺は俺で少し温まりたいな。
防水魔法は水を弾くが、体温低下は防げない。
バケツにお湯……お湯をどうやって出そう。
温泉魔法を使うと床が抜けてしまう。
えー、水・温熱・煮沸。沸騰魔法。熱過ぎるか。
解熱・煮沸・中和……ううーん?
あれこれ試している内に、調熱魔法が派生した。
温度の上げ下げ両方に使える魔法の様だ。
水以外にも使えるかも知れない。
冷えた手をお湯で温めていると、着信……着信?
頭の中でベルみたいな音が鳴った。
脳内ウインドウに文書表示。
マジックメール、通信魔法の派生型か。
送り主はキャスティーナさんの様だ。
内容。まずは娘のキュリアを構ってくれた礼。
また折を見て訪ねて欲しいと言っている。
それと、戦況は膠着状態か。
追い詰められた魔軍の抵抗甚だしく。
冒険者達にも少なからず被害が出ている。
両軍共に決め手を欠いたまま、講和に移る。
ついては、三国講和会議への出席のお誘い。
方々から俺を名指ししている様だ。
まあ、行かなくもないけどな……
と、メールを見ていてユッタ達が戻って来た。
まずは研修の続きに戻ろう。
戦火が遠かろうが、危険はどこにでもある。
子供達に危険を教え、経験を積ませたい。
それは魔物や戦争相手に限った話ではない。
ティルアとツェンタを連れて屋敷を出る。
骸骨騎士、クラウスさん達とすれ違った。
クラウスさん、骸骨なりに元気が無さげ。
ベラさんの彼氏の事を話して、思い悩んでいる。
こっちも何とか丸く収まると良いんだが。
まあ、明日にならんと始まらない事も多い。
研修が終わったら、よく休んで明日を待とう。
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