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黒鷲の旅団
23日目(12)先触れ

「あああ姐さん! 結婚して下さへぶおおお!」

 どーんごろごろごろごろ。
 おい、いきなり何が起こった。

 場所はオデッサ。講和会議の開かれる街だ。
 イズマイールでリュドミラ達と合流して。
 行った事のある者とパーティを組み、ポータルを稼働。
 転移機能を利用して、移動自体は済んだのだが。

 待っていた魔人ジェラッテル、もといクリムゾンシグマ。
 唐突にジュス姉さんに求婚して来た。
 ジュス姉さん、言葉よりも先にパンチの返礼。
 パンチを顔面に食らってクリムが転がって行く。

 転がって……ああ、戻って来た。
 頑丈さも相変わらずだな。

 しかし戻って来るなり、また迫って行って。
 どーんごろごろごろごろ、と跳ね飛ばされる。
 4回ほど繰り返して戻って来て。
 クリムは恨めし気に、俺の方をキッと見た。

 ……いや、キッと見られても困るんだが。

 えーと、その、何だ。
 俺が助け舟を出してやる義理なんて無いけれども。
 どこをどう好きだ、みたいな説明は無いのか。

「それだ! 俺達の所では、強さが何より大事なんです!
 姐さんの強さに惚れました! 結婚したい!」

「あのねえ……強い強いって。その理屈で言ったらね。
 ボクだって、ボクより強い男が良いってワケで」

「じゃ、じゃあ、いつか俺が姐さんより強くなって!」

「そしたらボクの方が弱い女じゃん。
 もっと強い女を探せよって、なるでしょ?
 大体、強いったら、アンヌだってキミより強いじゃん」

「嫌っすよ、あんなチンチクリンぐぼろぼべえええ!」

 どーんごろごろごろごろ。
 今度はアンヌに蹴り飛ばされたクリム君。
 もう少しデリカシーとか身に付けなさい。

 俺はアンヌの両頬を撫で回す。
 はいはい落ち着け、可愛い可愛い。
 知ってるわようと半笑いで口を尖らせる。
 お前ちゃんはホント可愛いな〜。
 褒めて撫で回すと、尖った口がユルユルになる。

 ジュス姉さんも構って欲しそうだ?
 順番?と聞くと照れ臭いのか、苦笑い。
 いいよと言って手を振る。

「おやおやあ、甘々カップルさんが居ますねえ?」
「ふふん。ちょっと羨ましいかな」

 唐突な存在感の出現に、俺は一瞬息が止まった。

 魔王フランツペーター、魔王ウルリカ。
 どちらもレベル7桁の化け物達。
 威圧を抑えている様で、しかし危うく腰が抜ける所だ。
 自分とアンヌ、ジュスに、鈍感・鎮静・抵抗・中和魔法。
 気を強く持たないと、会話もままならない。

 えー……今日は、何だ。
 2大魔王が講和会議に口出ししに来た、のか?

 フランツペーターは、シュテルンとの婚姻同盟がある。
 娘のブランディエーヌと、ディートリッヒ公子。
 講和会議に便乗して、あわよくば領地をゲットしたい。

 ウルリカの方は、海洋の魔王。
 縄張りの黒海上空で、他人に部隊展開されるのが不満。
 状況を見て航行禁止なんぞを申し渡す。

 ゆるゆると移動を始める魔王様方。
 あれらと談笑しながら行く気にはなれない。
 俺達は少し距離を取って後を追う。
 その途中、小さい人影が飛び出して来た。

 ……ハンナデルタ?

 ハンナは魔王達と俺の間に割り込む形で入って来て。
 両手を広げて立ち塞がる。

 どうした。尋ねても返事は無い。
 何か言い出し難い事だろうか。

 はい抱っこー……ジタバタジタバタ。
 違った? 何かゴメン。

「もうっ、困った人なのです。
 お兄さんなんて来なければ良かったのに。
 どうなっても知らないですよー」

 地面に降ろしてやると、ハンナデルタ。
 困った様な笑顔で、てててと走って行った。

「前に見逃してやったのに、恩知らずねえ。
 照れただけにも見えるけど。
 怪訝な顔ね。何か、思う所があった?」

 俺を振り返ってアンヌの問い。
 まあ、その……どうかな。

 本当に、単に子供扱いを嫌がられただけかも知れないが。
 仮にハンナデルタが、恩を恩として覚えていたとして。
 あの態度が、あれでも恩返しだと仮定しよう。
 あれは明言出来ないなりのヒント、ではなかろうか。

 俺なんか来なければ、というのは。
 裏を返せば、危ないからこっちに来るなとか。
 罠の1つも仕込んでいるのかも知れない。

 ともすれば、クリムゾンシグマも同じ理由か?

 会議に来た相手に求婚するとか、場違いも大概だが。
 敵に気に入った奴が居たら、求婚するなら今の内だと。
 ここを逃したら、後は一網打尽にする強力な罠が?

 魔王バティスタン、脳筋寄りだと聞いたが。
 罠を仕込むとしたら、どれほどの物か。

 魔王様方は簡単にやられないとして。
 他の参加者は、注意を促した方が良いだろう。

 うちの公主や護衛、シュテルンの将兵はどこだ。
 合流を急ごう。杞憂で終わるかも知れないが。



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