黒鷲の旅団
23日目(13)不公平なりの慈悲
「しっかし、こいつは酷い」
ポータルから講和会議の場まで徒歩で向かう途中。
オデッサの街を歩きながら、エドヴァルト公子が零した。
街並みはもう、街並みと呼べた物ではない。
建物の大半は瓦礫に変わっている。
生存者は……少し居るのか。
瓦礫の陰からこちらを伺う視線がある。
探知、解析。黄色反応が多数。
市民だが友好的とも言い難い。
状況を見れば無理も無いだろう。
シュテルン公国の防衛部隊は敗退。
街が魔王軍に占領されるに至る。
公国サイドの人間が、市民から信用を失っている。
ふと、子供が3人おずおずと歩み出て来た。
声を掛けると、ビクッとして後ろを振り返る。
その向こうでは大人達の姿。
手振りで何かを促している様だ。
「あ、あ、あの……どうかお慈悲を……」
一番背の高い子が、絞り出す様に言った。
物乞い、という事かな。後ろの大人達に使われている。
子供だからと同情を引いて、何か貰って来いと。
大人達を見る。こちらの視線に気付いた。
気付いて、すごすごと物陰に引っ込んで行く。
何だか卑屈っぽくて嫌だなあ……
世話になりたくないけど食料は欲しいのか?
執事のクラウディオさんに通信魔法。
ケンタウロス少年少女から収穫を受領して貰う。
6人に給金を10万ずつ、吸血鬼チームにも管理費10万。
代わりに呼び寄せるのはリンゴが2カゴ。
大きなカゴに100個ずつぐらい。もうちょっとかな。
これをこの子供らに与えるのは良いとして。
持って行かせて全部取り上げられては面白くない。
この場でまず1つ食べなさい。
3人揃ってしゃくしゃくしゃくしゃく。
1人ムセた。げふごふげふげふ。
大丈夫か。背中をさする。
そんなガッつかなくても大丈夫だから。
「先生がお優しいのは分かります。
でも、全部を助けて行くワケには……」
見ていたリュドミラ、不満げというか不安げ。
この子達だけ助けては不公平か。
為政者なら、そう。公平さも求められるだろう。
しかし、公平な支援を待つ間に飢え死にされても、だ。
何かすれば少しは助けられた、などと後悔しないだろうか。
「ははっ、まあ、小遣いの範囲なら好きにやるさな。
俺も世界中の美女には声を掛けられないが。
目の前に美女が居たら声を掛ける。
お嬢ちゃん達が美人になるか分からんけどなあ」
言いながら、エドヴァルト公子。
追加で出て来た子供にリンゴを渡す。
そんな浮ついた話ではないと、リュドミラは不満を言う。
しかし、根っこはそういう次元の話かもしれない。
俺のやってる事は趣味の範囲だよ。
気になったから声を掛けた、程度の話。
公平ではないが、その分フットワークは軽い。
公平と即応、どちらかだけである必要は無い。
勿論、公平にみんな助けられたら一番良いんだが。
公平にみんな助からない道を選ばなくて良いだろう。
俺もそう無理は出来ない。やれるだけの事をやる。
あとは偉い人に任せる。頼んだよ、偉い人。
任せなー、とエドヴァルトが笑う。
帰ったら支援の手配をします、とリュドミラ。
まあ、まずは無事に帰らないと。
公主に通信が届いたが、どうも不安定。
魔法阻害領域がある様で、歩いて話すと通話が途切れる。
通信出来るポイントを探して情報交換する。
進言。講和会議に罠の可能性あり……なんだが。
公主達は既に会場に居て、周りには騎士団や冒険者達。
国内外から高レベルが出向いている様だ。
魔人が複数で襲撃しても、暫くは持つという。
いうけれども、罠の程度はどうだろう。
『罠でも何でも上等よ。返り討ちにしてやるわ』
『そうだそうだ!』『ううおー!』
公主にせよ取り巻きにせよ、冷静でないな。
ここまでの損害の多さに、引っ込みがつかなくなった?
あるいは魔王が2人味方に居て、気が大きくなったか。
会議の状況は。俺達の到着を待っている様だ。
公国軍による西方、キシニョフ・オルヘイ戦線は惨敗。
冒険者達も、南西コムラトの守りを突破出来ず。
戦果と言えるのは、エドヴァルトのボルグラード奪還。
そして俺達が加勢したイズマイール攻略ぐらい。
この戦果を主張しないと、不利な条約を結ばされる。
なるほど。魔王様方が心配して出張って来るワケだ。
妙な威勢も、条約を優位にする為の虚勢だろうか。
会議開催については、俺達を待っている。
しかし、焦らし過ぎても会議を始めてしまう。
口の回るアンヌ、エドヴァルトに先行して貰う。
俺とジュス姉、リュドミラはテコ入れしてから向かおう。
テコ入れ。ここの住人達を何とかしないと。
敵は魔法の粒子砲で、丘1つブチ抜いて来る連中だ。
罠が大量破壊兵器の類だった場合、甚大な被害が出る。
あまり時間も無いが、1つ2つ手を打ちたい。
打ちたい。が、悟られても起爆されてしまう?
いや、罠が爆弾だと決まったワケでもないが。
どうする。何か手は……
「おじさん、大丈夫?」
悩んでいると、声を掛けられた。
さっきリンゴをやった子供達か。
そうだ。お前ちゃん達にも少し手伝って貰おうかな。
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