黒鷲の旅団 >23日目(14)避難誘導〜絶望的観測により〜


黒鷲の旅団
23日目(14)避難誘導〜絶望的観測により〜

「分かった! 行って来る!」
「俺達も急ぎます!」

 街の少女ノエミと、青年ルカーシュが駆けて行く。
 無理に戻って来なくていい。
 鐘が聞こえたら、そのまま脱出して。
 スクロールを掲げて『エスケープ』だ。

 魔女協会に通信、帰還スクロールを手配。
 在庫12枚を全て買い上げた。
 アンヌとエドヴァルトがそれぞれ1枚ずつ。
 公主の側に居る騎士団長にも転移魔法で1枚送った。

 ジュス姉さんとリュドミラにも1枚持たせて。
 残り7枚。これを街の住人に配る。
 子供5人と青年2人を選出した。
 それぞれ家族や仲間を集めて貰う。
 合図が来たら帰還スクロールで脱出だ。
 人数制限は無い。触れていれば良いらしい。

 魔王バティスタンの罠が、仮にあるという前提で。
 もし、それが大量破壊兵器であった場合。
 ここの住人を全部を助けるのは、まず無理だろう。

 せめて子供だけでも。
 子供同士で集まっていてくれたなら。
 もしかしたら、それなりの数が脱出出来る。
 出来……てくれたら良いのだが。

『こっちの判断で撃っていいんだよな』

 通信はアーヴァレイン。
 責任の重い役回りで悪いが、頼りにさせて貰うぞ。

 リュドミラの動員で駆け付けた、神人のスナイパー。
 彼は街の外、林の中で待機している。
 街に異変を見つけたら、半壊した教会に残る鐘を撃つ。
 住人達は鐘が鳴ったら避難を急ぐ。

「それでは、我々も巡回に行きます」
「キミもスクロール持ってんだよね?」

 大丈夫。持ってるよ。

 リュドミラやジュス姉も、住人を集めて避難して貰う。
 講和会議にはアンヌとエド、俺が行けば良いと判断した。

 いっそ、俺も神人だ。死んでも生き返る。
 俺の分の帰還スクロールも渡してしまいたかったのだが。
 俺が途中で住人を拾った場合、スクロールが要る。
 俺の保有魔力で、街の外までテレポートは無理だ。
 魔力の要らないスクロールを使わないと。

『敗色濃厚とは言い草だなあ。
 俺のトコ、ボルグラードの分隊は無傷と言って良い。
 準禁呪級の使い手、魔人と手を組んだ用兵家。
 腕利きの教導教官だって控えてるんだぜ?
 あいつに掛かれば、子供だって精兵に早変わりだ』

 アンヌが通信でエドヴァルトの話を中継してくれている。
 くれているが、俺の事を分割して複数人っぽくしている?
 アピールするネタに困っているんだろうか。
 連合国軍側にはもう少し頑張っておいて欲しかった。

 ともあれ、俺も講和会議へ向かおう。

 途中、ジュス姉から通信。
 避難を渋っている奴が居る?
 生まれ育った土地を離れたくないと言っている様だ。

 リュドミラや他の子供達にもリンクして返答する。
 動きたくない人が居たら、無理させなくていい。
 物陰に隠れている様にだけ伝えてくれ。
 大した罠でなければ助かるだろう。

 ……大した罠だったら、助からないが。
 それを説明して時間を取られている場合でもない。

 スクロールを持たせた子供達にしても、不安がある。
 恐怖に竦んで判断を誤ったら。
 何か咄嗟の出来事にスクロールを使い損なったら。
 もう1人助けようとして、一瞬遅れたら。
 考えたくは無いが、あり得る。考えたくは無いが。

 一番良いのは、全部杞憂だった場合。
 それならば、俺が間抜けだってだけで済むのだが。
 しかし戦場での希望的観測は身を亡ぼす。
 そして、ここはまだ戦場だ。
 講和条約は未だ締結されていないんだ。

「あー……何でまだ居るのです」

 会議場前でハンナデルタ再び。
 階段状の所に座り込んでいた。

 どこか元気が無い様だが、会場には入らないのか。
 口ぶりから、俺の案内役というワケでもなさそうだが。

「ハンナも最早これまでなのです。
 放っておいてください」

 魔王様か誰かに怒られたんだろうか。
 俺からも、落ち度は無かったと説明しようか?
 弱くない者を破った説明。
 戦果のプラスになるだけの話だ。

「ホントおせっかいなお兄さんですね。
 何がこれまでなのか説明してあげます。
 メイドの土産という奴なのです、ご主人様」

 それは冥途の間違いだと思うんだが。

 ハンナは階段から立ち上がると、地面を足で擦った。
 何か紋様が物が浮かび上がったが……何だ?

「魔法の発動式、幾つ知っています?
 長文詠唱、簡易詠唱、思念発動。
 他に、紋様を描く紋様発動魔法式があります」

 紋様発動。魔女の図書館で名前だけ見た気がする。

「要は、魔法が出た時の紋様を先に描いておくのです。
 必要な魔力を大地や空から吸い込んでいきます。
 ちょっぴりの魔力で、とても大きな魔法が使えます。
 ……これです。この、地面の紋様。
 隠蔽魔法で隠してあります。
 これが、街の外までずぅーっと描いてあります」

 ずぅーっと……何、ずぅーっと?



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