黒鷲の旅団
23日目(15)避難誘導〜猶予限界〜
「え、あっ……あれっ?」
解呪魔法ディスカース。
呪いが解けると、ハンナの指輪は脆く崩れ去った。
ハンナデルタが覚悟を決めていたのは、罠の巻き添え。
転移魔法を封じる呪いの指輪を付けられていた。
呪いがあって外す事も出来ない、というのだが。
解けないだろうと思ってか、大した呪いじゃなかった。
俺の解呪魔法で解ける範囲だった。
転移を封じられ、罠の上に取り残される。
魔王バティスタンの沙汰は、事実上の処刑だな。
死ねと言われずとも、足止めの命令は受けている。
講和会議にかこつけて、敵の将兵を巻き添えにして。
戦果を挙げ損ねた方面軍将兵を粛正する。
そして罠の程度が知れた。
爆発系の魔法紋が街の外まで広がっている。
発動したら、この一帯は火の海だろう。
あるいは一瞬で灰になるか、といった所だ。
『では、オデッサ以西の都市については返還。
領土の取り分はそちらで協議されよ。
賠償金の額面については、譲歩は無し。
支払い猶予は設ける事とする。
それと、この条約締結後は破棄に至るまで。
双方から攻撃、魔法の設置等は条約違反として』
講和会議場内、アンヌの魔法中継。
会議は滞りなく進行している。
覇気の無い声、淡々と喋っているのは方面軍統括役か。
ハンナが言うには、兄・魔人カーマインベータ。
後の運命を知っているからか、目が虚ろだ。
しかし、締結後の魔法の設置は条約違反として、とは。
先に設置しておいた物は条約違反でない、とでも言うのか。
脳筋一家とかいう世評の割に、小賢しいネタを仕込んで来る。
条約が締結されれば、罠を待たせる理由も無くなる。
帰還スクロールを持たせた子供達に通信。
そろそろ限界だ。近くにいる者だけで脱出してくれ。
しかし、呼び掛けに応じたのは7組中3組だけ。
探知魔法の範囲から光点が消えない。
家族か誰かを探しているのか。
リュドミラとジュス姉さんに急行して貰う。
一番近い1組ずつと、少し離れて1組。
もう1組が遠い。どうするか。
アーヴァレインにも通信。
そこも範囲内らしい。脱出の用意を。
『いや、鐘は鳴らす約束だ。ギリギリまで待つ。
俺だってパーティ組んでるのを忘れるなよ?
探知情報は共有だ。誰か逃げるのを渋ってるだろ。
鐘が鳴ったら諦めて逃げるかも知れん』
義理堅い事を言ってくれる。
ガチ勢を自称するだけあってプロ気質だ。
鐘、いっそ鳴らしてしまったならば、とも思ったが。
鐘が鳴るのを異変とみて、罠の発動を急ぐか分からん。
ギリギリまで待って、鳴らして。
鐘が鳴ったら……大丈夫かな。
渋っているだけなら良いが、他の要因なら?
俺も救援に、脱出を渋っている子を探しに行くべきか。
と、腰を上げかけて気付いた。
ハンナデルタが逃げない。
また階段に座り込んでいる。
「魔力が、足りないのです」
解析。ハンナの魔法力がスッカラカン。
俺の魔力もゲージがチリチリ減り始めている。
ハンナが言うには、魔法の罠の仕業。
罠が発動に足りない魔力を補おうとしている?
紋様の上に居る者から魔力を集めているらしい。
ハンナには俺の帰還スクロールを渡す。
情報料代わりだ。使ってくれ。
俺は一番遠くで脱出を渋っている子を探す。
合流出来れば、持っているスクロールで一緒に脱出する。
俺に気付かず脱出してくれたら、それでも良い。
俺が1回死ぬだけだ。神人は死んでも生き返る。
魔力薬をかっ食らって、加速魔法。
一歩ずつ縮地で移動距離を延ばす。
遠見と空間魔法で地形を把握。
瓦礫が、通れなくなっている道が多い。
最短ルートはどこだ。
『では、調印を』
『あーっと、ちょっと待って」
『何か』
『あっ、え、ええーっとぉ』
『そうだそうだ、一件だけ確認したいんだが』
会議場ではアンヌやエドヴァルトが妨害工作。
僅か数秒だろうが、貴重な時間だ。
その隙に……あと20m……10m。
居た。子供の姿。名前はノエミだったか。
1人で蹲って泣いていた。
そんな所でどうした。帰還スクロールは。
「ぐすっ、ぐす……怖い人が……私……
盗られちゃったあ……」
そういう事かよ!
子供置き去りにして自分は逃げて。酷い奴が居た物だ。
せめて一緒に脱出してくれたら良かったのに。
『では、もう異論は無いという事で、調印を。
シュテルンフェルト公王陛下。イーディス公主殿下。
前へ……ここが貴公らの墓場となるのだ』
マズい。講和条約の調印が終わってしまう。
そしてここには帰還スクロールが無い、だと。
俺はノエミを抱え上げて走る。
くそ。何か手は無いのか。何か。
ジュス姉達と合流を……間に合うのかどうか。
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