黒鷲の旅団
23日目(16)避難誘導〜最後の1秒まで〜
『墓場、とは穏やかでないな。
貴君らは一体何を企んでおる』
会議場の方は、シュテルン公王。
魔人カーマインベータの言葉に疑問を持った様子。
条約の調印に躊躇している。
『……言葉のあや。負け惜しみとも。
どうかお構いなく』
言い淀んだのはカーマインベータ。
調印された書面は本国に転送されるのだろう。
トラップ爆破への反撃を条約違反とするのが奴らの思惑で。
だとすれば、公王達に調印して貰わないと困る。
調印させるまで、罠を起爆する事が出来ない。
この僅かな時間に、俺は打開策を探す。
俺は死んでも生き返るから良いものの。
抱えているノエミが助からない。
ジュス姉さんとの距離を詰めながら、思考を巡らせる。
脱出させるのに、転移魔法……が使えない。
魔法の罠が周囲の魔力を吸い続けている。
魔力薬を飲んだとしても、すぐ減少が始まってしまう。
俺の保有魔力でポータルまで2人飛ぶのは難しい。
ノエミだけ送っても、ポータルの使い方が分からない。
転移ポータルは利便上、街の辻々に設置される。
俺達が来る時の物とは別に、最寄りのポイントがあるハズだ。
しかし、街並みは瓦礫になっていて、探し出すのは困難か。
と、鐘が鳴った。アーヴァレインが脱出を促している。
脱出したのは……子供1組だけか?
リュドミラ、ジュス姉、合流した2組はどうなった。
『妹が! 小さい子が逸れたって!』
『どうしよう! ママが居ないって泣いてるんだよ!』
ああー、もう……どうするんだコレ。
合流した事で、それぞれ帰還スクロールが2枚あるハズだ。
子供とリュドミラ、子供とジュスだけ残して退避。
ギリギリまで捜索。本当にダメなら諦めろ。
責めも何も俺が引き受けるから。
『そ、そんな……でも!』
『何とか見つけられないかな!』
分かってる。俺からも探す。探すから。
妹と母親の名前は。ダリナと……アレンカ?
広域探知展開。範囲指定、簡易解析。
ああ、くそ、同じ名前が複数ある。
ファミリーネームは……無いか。平民か。
面通しして当たりなら助けるとして。
外れだとして要らないとも言えないし……
焦っていて、ギュッと掴んで来たのはノエミの腕。
震えている……大丈夫だから。何とかするから。
……いいか。説明する。手順を間違えるなよ?
ジュス姉さんは子供を肩車。しっかり掴まらせて。
そのまま北東のダリナ、東のアレンカへ向かえ。
あんたの怪力なら全部抱えられるだろう。
もう1分も無い。人違いでも、走りながら掻っ攫え。
東のアレンカから少し北に行くと、別のアレンカが居る。
そこまでが限度だ。スクロールの用意を。
リュドミラは馬で西のアレンカを拾え。
そのまま北西に折れてもう1人のダリナと合流。
馬にも乗せ切れないだろうから、移動はそこまで。
その辺に何人か住人が居るハズだ。
無理に助けなくて良いが、間に合うなら見捨てなくて良い。
全員手を繋いで帰還スクロール用意。
俺は2人の方へ走りながら、探知情報を監視。
2人の移動は順調だ。群がる住人達を上手く躱している。
群がって来る……のは、異変を察知したから。
素人目で見ても、これはヤバいだろう。
地面の紋様が、もう隠れもせず赤く光り始めている。
繋がったままの通信の先、我に続けと叫ぶリュドミラ。
偉いな。少しでも助けようとしている。
魔力ゲージの減少が止まった。チャージ完了か。
後はもう、講和会議の展開次第だ。
『あっ、ちょ……ああああー!』
『あーもう、何よ。罠だろうと返り討ちなんだから』
アンヌの妨害空しく、イーディス公主が調印を終えた。
公主に説明するだけの余裕は無かった。
そもそも大っぴらに通信出来ない。
説明しているのが知れたら、条約抜きでも起爆される。
通信映像の先、カーマインベータが怪しく笑う。
アンヌ、エドヴァルト、騎士団長も避退用意。
ジュスも脱出。リュドミラだけ3秒待って。
カーマインベータが書面を受け取る。
転移魔法で送信した様だ。
次いで、右手を天に掲げ……起爆用意の様相。
そこでアンヌが脱出、映像が途絶える。
起爆まで残り、せいぜい2秒。
空間把握。俺とリュドミラの距離、約2km。
遠見魔法で姿を視認した。縮地でも間に合わない。
それでも、ずっと距離を詰めて来た。
距離が近ければ転移魔法の消費が抑えられる。
視認したからイメージ出来る。
魔力の減少だって終わっている。
リュドミラ、受け取ってくれ。
魔力薬を一飲み、転移魔法テレポート。
ノエミをリュドミラの所へ転移させる。
『え、あっ……掴みました!
行きます! エスケープ!』
リュドミラの姿が消え、脱出完了。
少し遅れて地面、赤い紋様の上を白い光が走った。
熱と光が会議場の方から広がって来る。
探知範囲に住人は残っているが……
それでも出来る限りの事はやっただろう。
仕方ない。仕方ないさと自分に言い聞かせる。
目を閉じて一息。
爆炎に飲み込まれ、俺の意識は途絶えた。
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