黒鷲の旅団
24日目(4)与える者、可能性の先へ
「連れて来たぜー」
「痛いってば! 放してー!」
マルカ、キースを引っ張って来ちゃった。
ついて行くだけでも良かったんだが。
まあ、気を利かせてくれたのだろう。
林を出て、草原の淵へ。
遠めにキマイラやサイクロプスが見える。
しかし、レーネ達が突っ込んで行くのも見えて。
あれぐらいは大丈夫だろう。任せよう。
マルカには各隊への通信、後続の誘導を頼む。
俺はキースと話をする。
失敗して消えちまいたい気持ち、というのも分かるが。
ここはまだ戦闘領域だ。あまり心配をかけるな。
見失って捜索して、その間にまた誰か怪我するかも知れん。
「ごめんなさい。俺。もっと出来ると思ってた。
もっと……あんな風に」
キースの視線の先はレーネ達の姿。
天才娘のレーネと自分を比べるのは、俺でも厳しいなあ。
出来るか出来ないかは、まあ、やってみないと分からん事さ。
キースが言うには、死んだ父親の遺言があって。
可能性は無限なんだ、が1つ。
お前はやれば出来る子だから、が1つ。
信じて、やってみて……うん、まあ、そうか。
父さんは少し、説明不足だったかも知れない。
可能性は無限にある。それは否定しない。
キースがやれば出来る子だというのも、信じよう。
きっと出来る。出来る限りの事であれば。
しかし誰しも、出来る事が無限にあるワケではない。
可能性は、可能性のままでは武器にならない。
可能性の中から手段を選び、技術を選び、道を選ぶ。
選んだ物、その先の可能性を得る、が、同時に。
選ばなかった、他を選んだ可能性を捨てる。
選べば選ぶだけ、残された可能性は減る。
右足を踏み出せば、踏み出さなかった先の可能性を失う。
右手を振り上げれば、振り上げなかった先の可能性を。
いや、何も選ばなくても可能性は減って行く。
何もしなければ、そこで何かした先の可能性を失う。
戦いは準備の段階で結果の大半が決まる。
準備の、そこまでに費やし重ねて来た可能性、選択の成果。
出来る事を増やす事を選んだ、という選択。
選んだ先に勝利が繋がっている、かどうか。
選ばなかった可能性が消え、勝敗に、結果に帰結して行く。
世の中には、その場の機転で、なんて奴も居るだろうが。
その場で機転が利くというのがまた、準備だな。
そういう訓練なり人生を重ねて来た成果。
それをして来なかった者には『出来ない事』なんだ。
そして戦いが始まれば、出来なかろうが選択に迫られる。
キースが盗賊と対峙した、その時。
技の1つも習っていたら。
何か強力な武器でも持っていたら。
あるいは、人殺しに抵抗が無ければ。
それはこれまでに手放して来た『可能性』だ。
父さんも、キースが冒険者になるとは思わなかったのだろう。
護身術の1つも習わせてくれていたら、と思う反面。
恐らくは大事に育ててくれていた。
一概に、それが悪いという話ではない。
キースの父さんを否定するワケじゃない。
ただ、その願いと励ましは、それとして。
今のままでは出来ない事がある。
出来ない事があると気付いた。
それはそれで1つの進歩だ。
出来ないと分かれば対策を立てられる。
出来る様にする。模倣、学習、実践と反復。
出来なくても勝てる様にする。別の方法の模索。
キースはどうしたい?
いや、何をどう選んだって良いが。
キースは……バートに勝ちたい、らしい。
何でそんなに?
リッツァを振り向かせたい。
幼馴染で気になっているのだと。
うん、まあ、何だ……若いなー。当たり前だが。
聞こえていたのか、少し離れたマルカがフフッと笑った。
言い触らしちゃだめだぞー?
釘を刺したらぴくっと反応したマルカ。
早速言い触らそうとしていたな?
気を付けないと、通信魔法ですぐ広まってしまう。
キース、バートの事はよく見ているか?
バートが信頼を得ているのは、例えば面倒見が良いから。
指揮が上手いのも、そう。周りをよく見ているから。
顔が良いのは置いといて、気配り上手なんだろう。
勝ちたい、なら、せめて同じ位の事が出来ないとな。
求められたければ、与えられる男になりなさい。
与えよ、さらば求められん。
逆の方は時と場合によると思うが、こっちは大体正解だろう。
与える様になるには、自分に余裕が必要だ。
それには、出来る事を増やしていかないとな。
やれば出来る、ようになる。
焦らないで、地道に頑張ってみて欲しい。
まずは、今日の失敗を回収しよう。
悪気は無かった。それは分かるが。
しかし、あまり上手い対応でもなかったな。
戻って、怖い思いをさせた仲間達に謝ろう。
俺も一緒に説明してやるから。
だから、こっそり居なくなったりしないでおくれ。
キースは躊躇いがちに頷いて。
何とか言い包められた感。
難しいな。甘くし過ぎても生き残れないし。
厳し過ぎても折れてしまう。
弱いから見捨てる、というのはやりたくない。
切り捨てた後味の悪さは知っている。
切り捨てられた側の気持ちも。
そして今の俺には、もう少し余裕があるハズだ。
レーネやマルカ達、先輩従者隊の助けが……
与えている様で、まだまだ与えられている、か。
そんな現実も、それはそれで受け止めよう。
各隊に通信。探知、空間情報を共有する。
敵影を排除しつつ、指定のポイントへ集合してくれ。
今日は新人チームに渡したい物もあるんだった。
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