黒鷲の旅団
25日目(1)黒獅子の迷い、黒鷲の誘い

「ホントに魔法を作ってるんだな」

 夜半過ぎ、コドレア付近の林道にて。
 声を掛けて来たヴァルター隊長。
 連れは無し。隊長1人でどうした。
 身内に聞かれたくない相談事か。

 すぐ切り出すでもない様子。
 少し待って貰う。

 俺は、散歩と様子見がてら。
 新魔法を模索していた。

 まず前から構想を練っていた天候系。

 風、熱風、加速、上昇気流。
 招嵐魔法コールストーム。

 他に嵐魔法もあるらしいのだが。
 そちらは攻撃魔法。
 暴風でもって相手を倒す。

 他方、俺が作っている招嵐魔法。
 これは嵐を呼び出すだけ。
 投げっぱなし。
 その分、魔力消費も控えめだ。
 使い様だと思う。

 続いて、風、水蒸気、断熱、上昇気流。
 招雲魔法コールクラウド。
 これは雲を呼び出して空を遮る。

 招雲、水蒸気、凍結。
 降雨魔法コールレイン。
 雲を呼び出す。
 かつ、雨を降らせる。

 しかし、降り過ぎかな。
 穏天魔法で……いや、待った。
 降雨、中和、温癒。
 恵雨魔法グレイシーレイン。
 冷たくない雨が滴る。
 これは植物の発育に良さげ。

「うん? 妙な魔法だが。
 こいつはどう使う」

 そうだな。用途。
 例えば、日照りの村に使う。
 村が生産力を回復する。
 作物が、収穫量が増える。
 余ったら安く買える。
 あまり値崩れしてもアレだが。
 領主なら税収も潤うかも知れない。

「なるほど。内政に使う魔法だ。
 民の暮らしを良くする。
 回り回って自分も潤う。
 そういう魔法。
 俺らも覚えた方が良いかね」

 黒獅子隊。
 特にヴァルター隊長だが。
 自分の国を持つのが目標らしい。
 夕食時、少し聞いた。

 全部、自前で揃えなくても。
 使い手を借りて来たって良い。
 魔法系ギルドと繋がりがあれば。

 さて、新魔法。
 4つもあれば良しとしよう。
 ヴァルター隊長の話を聞く。
 何となく察しているが。

 黒獅子隊は。ヴァルター隊長は。
 決断しなきゃならん。
 リュドミラ公女直々の依頼を請けた。
 まだ検討している所だったか。
 決断しなきゃならん。
 ので、判断材料が欲しい。

「バレバレか。そうだよな。
 まず、姫さん。リュドミラ公女。
 信用出来るかだが」

 喫緊の問題。給与や糧秣について。
 これを滞りなく提供してくれている。
 その点だけでも評価して良いと思う。
 貴族として多少高慢な所もあるが。
 それでもマシな部類だ。

 将来性について。リュドミラ公女。
 あるいはヴィンフリードの派閥。
 求心力が無いという事は無いだろう。
 他方、アーデルハイト側。
 王位簒奪という爆弾を抱えている。

 それから褒美、領地。
 期待出来るかどうか。

 継承問題で軍隊が衝突する。
 領地持ちの貴族が命を落とす事もある。
 反逆から領地取り上げぐらいにはなる。

 この戦いに便乗して手柄を立てる。
 浮いた、余った領地を貰う。
 荘園持ちの騎士や準男爵。
 それぐらいなら手は届き得るハズだ。

 ……ではなくて、領地が?
 貰った領地でやって行けるか?

 そのまま活かせる領地は上位貴族行き。
 先に抑えられるだろう。
 下っ端に回って来るのは未開の土地。
 あるいは貧しい土地だと思う。
 まずは貰うだけ貰って。
 頑張って開発するしかないんじゃないか。

 やっぱそんなモンかと苦笑い。
 隊長……ヴァルターさん。
 何か、やらない理由を探してないか。
 依頼を請けない前提での話なのか?

 俺はあんたとの関係を悪化させたくない。
 あんたは兵隊を纏めながら。
 しかし戦場の外にも目が向くらしい。
 変に粋がらず、世間と折り合いをつける。
 評価に値する良い傭兵だ。

 だからこそ。
 あんたに小狡い事をしたくない。
 誘導しておいて、訳知り顔で。
 お前の決断だなんて言いたくない。

 だから、先に断言しておく。
 俺は誘導するぞ?
 俺に意見を求めるなら誘導する。

 婦女子に暴行を働く奴は敵だ。
 大事な子供達の脅威になり得る。
 だから、あの連中を排除する。
 する為に、あんたを誘導し得る。
 もし、あいつを支える上での話なら。

「いや……すまん。そうだな。
 どうするべきかは分かっている。
 結論は出ている。
 ただ、踏ん切りがつかなくてな」

 神妙な顔のヴァルター。
 心情は分からんでもない。

 リュドミラ公女からの依頼。
『斬れ』だ。
 無頼気取りの悪漢傭兵達を斬れ。
 明確に、切り捨てろではなく。
 それは『斬れ』だった。

 セドリックの前科、婦女暴行の件。
 事件の詳細については俺も聞いた。
 そもそもは、立ち寄った村。
 美人で浮ついた娘が居て。
 取り巻き共々、連中と関係を持った。
 そこまでは同意の上だったのだろう。

 しかし、その後だ。
 人数が足りないだのと騒ぎ出して。
 落ち度も無い娘が2人連れ込まれた。
 暴行とも言える被害を受けた。

 その内の1人は婚約者も居た。
 後で酷く揉めたのだと。
 大金持って詫びを入れに行った。
 その辺はヘルガも言っていたか。

 しかし主犯セドリック。
 シラを切って難を逃れている。
 手下を2人ほど吊るし上げて。
 自分は関係無い風を装っている。
 反省無し。
 ほとぼりさえ冷ませばという態度。

 と、こう、普通にも憤る話だが。
 加えて潔癖なリュドミラ公女。
 許し難かったのだろう。

 臣下に加わるに当たっての条件。
 あの不快な連中を斬れ、と。
 不足する人員は募兵を手伝う。
 即日騎士爵に加え、戦勝の暁にはと。
 男爵位と領地まで提示された。

 どこの領地が開くかは断定できないが。
 それでも、どこか捻出してくるだろう。

 それを提示されたヴァルター隊長。
 目を瞑る、背ける理由を失った。

 長らくの仲間、思う所は多々ある。
 しかし不安要素でもある。
 取り除けば報酬は破格。

 自分達の国、領地の獲得。
 それが夢でなくなりつつある。
 平民が爵位と領地を得る。
 低くはない確度で手に入れられる話だ。

 結論は出て、しかし、いつ決行するか。
 明日の戦闘には連中も利用するべきか。
 上手く立ち回って連中の数を減らして。

 ……いや、今夜やるしかない様だ。

 付近の森に潜伏しているラミア隊から通信。
 セドリック達が村へ向けて動き出した模様。
 村に狼藉を働くつもりだろう。
 だが、これは逆に好機だ。

 他の隊員に気取られず。
 連中を始末するには……今しか。



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