黒鷲の旅団
25日目(2)名も無き花など無い様に

「どうか、どうかこの子だけは!」

「そうビビんなって。
 取って食おうってんじゃねえよぉ〜」

「上手くすりゃあ。
 ご主人様に可愛がって貰えるさあ」

 コドレアの集落へ向かう折。
 母子が森へ逃げて来ていた。
 皮鎧を着た悪漢達に囲まれている。
 集落での乱暴狼藉を始めた悪党。
 セドリックの支持者達、か。

 監視中の魔物隊からも通信魔法で報告。
 最終的に80人ほど。
 村に押し入り、略奪、放火。
 村人の誘拐まで始めている様だ。
 奴隷として転売目的か。

 国が先行派遣した衛兵達は。
 捕まった? 見たという声あり。

「なあ、売っちまう前に。
 ちょっと遊んでやろうぜ?」

「ははは、手荒にすんなよ。
 商品なんがぷっ」

「ああ? おご」

「んっ!? ぐ!?
 ん、んううう!!」

 俺とヴァルター隊長で2人。
 喉首を一突きにして始末。
 同時、残る1人には窒息魔法。
 即死もしないが、下腹に蹴りを入れる。
 そう大声も上げられまい。

「はっ、た、たい、ちょ…………何で」
「何でじゃねえ。俺は警告したハズだ」

 悶え苦しんでいる最後の1人にトドメ。
 剣の血を振り払うヴァルター隊長。
 その顔は辛辣だ。

「ヒッ! あ、あ…………あ?」
「お母さん? ……むにゃ」

 精神魔法からスリープ。
 鎮静魔法カルム。
 騒がれては困るのでな。
 親子には少し眠っていて貰った。
 通信。ラミア隊。
 安全な所へ運んでやってくれ。

 するするっと森から出て来たラミア2人。
 ラーナさんと……
 あれ、新人か。アランドラさん。
 先の3人より少しお姉さんらしい。
 前から接触していたという。

 参入の許可を待っていた?
 そりゃ悪かった。
 コレ終わったら連れて帰るから。

 コレ、は、悪漢掃除大作戦。
 村への狼藉を根拠として。
 セドリック達を処断する。

『しかし、村人から見ては不手際ですな。
 守りが十全なら狼藉も防げたのでは』

『黙って見ておられませぬ。
 どうか突入のご裁可を』

 骸骨騎士団の2名。
 ハーゲン、ロドリグから通信魔法。
 村の損害状況は酷いのか?
 抵抗して何人か殺されているという。

 公女にしてみれば。
 連中を処断する根拠を得る狙いもあった。
 守りを手薄にして待っていた感は否めない。
 この状況は、ある種、狙い通りだが。
 村人に負担を強いている。
 それ自体は好ましくない。

 勿論、村人は助けるが、突入は無しだ。
 大人しく捕まっている方が手を出されまい。
 数的にはまだ不利でもある。

 よしんば卑怯でも隠密行動を心掛ける。
 俺達の名誉よりも村人の安全だ。
 まずは確実に数を減らしていく。
 気取られるな。
 人質なんか取られない様に。

 承知した、と骸骨騎士団が散開。
 信条から言えば不満があっただろう。
 平時なら正々堂々を好む武人達。
 それでも快く従ってくれる。
 村人の為なれなこそ、か。

「なるほど、家主殿。
 名や勇より仁を貴ばれるかな?」

 暗がりから人影と、血の匂い。
 姿を現したのは吸血鬼。
 ツィーリアさん。レベルは122。
 ロンネフェルト伯爵の配下の1人だ。

 家主殿、と俺を呼ぶ。
 妥協点めいた呼び方だな。
 あくまで仕えるのロンネフェルト伯爵。
 しかし住居提供の恩もあり、と。

 今夜は吸血鬼達も大々的に参戦中。
 ドサクサで吸血もお楽しみだろうか。
 別途、献血もしている。
 必須ではないと思うのだが。
 はたと口元を隠すツィーリアさん。
 拭う上着が血の匂いを散らす。

 まあ、悪党相手だ。
 俺は見なかった事にしよう。

「ううん、失礼した。
 村人に見られては心証が悪かったか。
 しかし数的に不利とは。
 少々見くびられておるまいか。
 奴らは腕が立つとは言え、だ。
 名も無き兵卒の枠を出ない。
 我らの手に掛かれば、すぐにも一捻りよ」

 まあ、勝つだけならそうかも知れないが。
 村人の損害を抑えるのが優先事項。
 余剰戦力も欲しい。まずは慎重に。
 後の評価がまた未来に繋がって行く。
 人間と吸血鬼の間にも、まずは休戦を。
 印象操作は怠らずに行こう。

「名も無き、か……そうだな」

 ふと、ヴァルター隊長。
 屈んで死体から何か回収していた。
 ドッグタグ代わりの冒険者認定証。
 遺品代わりといった所か。

「こいつはエルマー。
 貧乏が嫌で飛び出した農村の息子。
 こっちはバルド。
 ガタイはデカいが気の弱い奴だった。
 トミー。最初、実家の仕送りの為にってな。
 こんな事をする様な連中じゃなかった。
 勝ち戦が続いて、気が大きくなって。
 俺が夢を見せちまった。酷く悪い夢を」

 最初は、気の良い奴らだった。
 それが戦に出て。
 勝利と恐怖に触れて。
 徐々に変質していった。

 隊長だけの責任ではないと思うが。
 上手く導いてやれなかった。
 そんな自責の念もあるのだろう。

「それぞれに歩んだ道が、物語がある。
 名も無き花など無い様に、か。
 分かった。最低限の敬意は払おう。
 埋める手伝いぐらい考えてやっても良い。
 私が殺した奴はそこの陰だ」

「ありがとよ……こいつはパーシーか。
 ははっ、こいつ、スケベな奴でな。
 美女に噛まれて死んだとすりゃあ。
 最後は意外と良い夢だったかも知れん」

 ツィーリアさんに軽口。
 ヴァルター隊長、少しは気を持ち直した?

「ああ、大丈夫。大丈夫だ。
 引導を渡してやるのもケジメの内さ。
 ちゃっちゃとやっちまおう」

 迷いを振り払う様にヴァルター隊長。
 そうだな。包囲を急ごう。
 長引かせても良い事はあるまい。



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