黒鷲の旅団
25日目(13)敵中、聞き耳、霧の中

「結局メンドクサイよねー」

 肩を竦めるジュス姉さん。
 まあ、そうなんだけどなー……

 コドレア東、子供達が待ち構える陣地。
 北からドルボフラフ伯爵軍の駐留地。
 この中間に、水蒸気魔法付与での斉射。
 大量の水蒸気から厚い霧を発生させた。

 水中の敵などもそうだ。
 間に阻害する物がある状態。
 視界のみならず探知魔法も徹り難くなる。
 隠密スキルや魔法と併用。
 これで遠方からは見られまい。
 こちらも狙撃出来ないのだが。
 それでもいきなり撃たれるのは防げる。

 問題は、ここから。
 宣戦布告なしで先制攻撃は出来ない。
 攻撃した後で、敵ではなかった。
 そんな風に吹聴されても困る。

 そもそも戦国乱世の国盗り合戦とは違う。
 先を見越す。ただ勝つだけじゃない。
 支持を得ながら勝たなければならん。
 後々、泥沼化するかも知れないが。
 積極的に泥沼化させたくもなし。

 宣伝戦。口車。権謀術数。
 腹の探り合い。まあ、面倒臭い。

 で、どうするか。
 まずは奴らの方針を確認したい。
 俺とジュス姉さんで霧を突っ切り、前進。
 接触して出方を探ってみる事にした。

『変身はどういうので行こうか。
 公子様の使者? 攻めて来た魔王の手先?
 それとも近所の村娘と村息子とか』

 霧の中を歩きながら、ジュス姉さん。
 言いながら次々に変身魔法を披露する。
 村息子はあんまり言わない気がするが。

 村人が急に表れても怪しいか。
 連中も探知、周辺を見ていたハズだ。
 だとすれば、どうする。
 使者……いや?
 いっそ奴らの仲間にでも化けるか。

 霧に紛れて接近。歩哨を観察する。
 霧で奇襲を警戒しているのだろう。
 防備を固めている様だ。

 探知反応は。まだ黄色。中立。
 見えたのは一般兵卒が数名。
 あとは十人長クラスだろうか。
 兵卒の指揮を執る奴が1人確認出来た。

 変身するとして、どれに化けよう。
 動き易そうなのは兵卒だが。
 深みに踏み入るなら、多少の権限が欲しい。
 十人長に化けられるだろうかな。

 ジュスが先んじて変身。俺もやってみる。
 見て覚え、イメージ。変身魔法。
 どうだろう。鎧のクオリティがイマイチ?
 スキルポイントを振る。
 熟練レベル30プラス。
 もう1回変身を試す。
 今度はそれなりに再現出来ただろうか。

「うん、大丈夫。じゃあ2人の設定は。
 2人は同じ村の出身で。
 十年ぶりに再会した。
 けどキミはボクに気付いてない。
 キミに婚約者が居て、ボクは片思い。
 男同士の禁断の恋とか。
 あーと、実は女だ? 昔は男と思ってた。
 実は女だったとか、どうかなー」

 そんな事細かい設定まで要らんだろ……
 創造の魔人が妄想の魔人になっているぞ。
 普通に同僚で良いだろうよ、同僚で。
 無理に覚えても、間違えてボロが出そうだ。

 潜入を面白がっているジュスを諫めつつ。
 陣中に入り、総大将の天幕を探す。
 統率の利便性を優先すれば中央付近。
 いや、防戦を見越して後ろの方か?

『いっ、今、話せる?』

 ユッタから通信。音声のみ。
 気を使って小声なのは助かるが。
 ちょっと待って。
 十人長でも兵卒が通信魔法。
 使ってて怪しまれるかも知れん。

 手近な天幕の陰に身を寄せた。
 ジュス姉さんがカーテン代わりに外側へ。
 周囲からは2人で話している様に見せる。
 再通信。ユッタ、どうしたか。

 要件。提案。
 水蒸気の追加、第2射は必要か。

 アンヌ中隊が国軍と接触。
 ブラショヴから北上する国軍。

 あと、バート隊が戻って来ちゃった?
 それは何でまた。

『え、えっと。
 フェドラちゃんがママなの?』

『めーだよ。めー。
 お説教だよー?』

『だって、ママがー』
『ママー』

 ユッタの後ろ。
 フェドラとちびっ子達の声。
 ママと呼ばれているのはフェドラか。
 一時預かって懐かれたな。

『すいません。
 一人走ったらみんな走り出して』

 バートから補足。
 来てしまった物は仕方ない。
 無理にアンヌの所に戻らなくて良い。
 道中で何か横槍を食らっても堪らん。
 花人第2小隊を護衛に付けて後方へ……

「くどい! この機を逃して何とする!」
 
 天幕の中から荒げた声。
 どうやら目当ての天幕だった。
 ユッタ、バート、後でまた話そう。

 聞き耳を立てる。
 口論しているのは誰だ。
 ドルボフラフ伯爵と、その手下か。

「貴様も見たであろう。
 ロンバルディアの女狐だぞ。
 すぐそこまで来ているのだ!
 矛を交えねば腹の虫が治まらぬわ!」

「ですが、女王陛下が。
 友軍としてお認めになると」

「演説は……そうだ。
 魔道具の不調で聞けなかった。
 伝達が遅れた事にすれば良い。
 奴らの力を削いでおく。
 それ自体は陛下の意に沿う。
 バルトシーク子爵との連絡を急げ!
 奴らが浮かれている今こそ好機ぞ!」

「ですが、そこな草原に遊軍が。
 ヴィンフリード殿下の軍と思われますが。
 魔人らしい影を見たとの報告も」

「魔人には勇者どもを当てろ。
 その為の勇者であろう。
 奴らに足止めさるのだ。
 その隙に我らは南下して……」

 どうやら偉そうな声、ドルボフラフ。
 是が非でも一戦交えるつもりらしい。

 通信。ユッタ。
 水蒸気魔法の付与。第2射を頼む。
 次いで測量、遠見。
 あと攻撃魔法付与だ。効力射用意。
 霧の中でも至近距離の俺が探知する。
 情報をリンクすれば座標は掴めるハズだ

 俺達は……こいつらに接触する。
 言い逃れ出来なくしてから戻るぞ。



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