黒鷲の旅団
25日目(19)ブラショヴ防衛戦2日目〜ジレンマを横目に〜
「騎兵が居ますね。下馬中ですが後方に軍馬あり」
「あれが輜重隊だよね。大砲もちょっとあった」
レーネ、ユッタ、その調子で続けてくれ。
他の子も、何か気付いたら言ってみて。
ブラショヴ北西、敵の布陣する草原の前。茂みの中。
子供達は潜伏しつつ、手分けをして敵情監視に当たっている。
探知魔法では被探知に気付かれる。ここは遠見魔法だ。
使えない子は使える子に見せて貰おう。
通信・念話魔法があれば、意識の中を共有出来る。
遠見魔法はユッタ、エメリナ、ツェンタ、ティルア。
あと花人が数人と、派遣魔女のカティヤとロロット。
念話はともかくだが、通信魔法は全員持っている。
「弓兵が居るよ。えっと、縦に20か30」
「前後30居ないのが、横5か6にゃ。
あそこの弓兵隊は200居ないにゃあ」
カウントが早いのはジェマ。
空間と演算の魔法を使っている様だが。
それでも、掛け算に慣れて来たのかな。
「にゃふっふっふ。だんだん数字が楽しくなって来たにゃあ。
戦争無くなったら、商売覚えてみんなを食わせてやるにゃ」
思いがけない方向で頼もしくなって来たモンだ。
さて、子供達それぞれから報告が上がる。
空間魔法、脳内マップ展開。
報告を記録、転写。マップ上に情報として紐付ける。
地形、敵味方の位置情報、吹き出し状の捕捉等。
ちょっとした戦術データリンクだな。
弓兵の塊がある。200人前後の中隊が3つ。
解析。達人らしきレベルの物は居ない様だが。
それでも斉射は怖い。優先すべき攻撃目標、だな。
あとは、大砲か。カルバリン砲クラスが7門。
怖いなあ。前に俺達がイカにやった奴を逆にやられる。
大質量の砲弾は障壁魔法を貫通し得る。
貴重な弾を歩兵に向けるとも限らんが、用心は必要だ。
通信。ブラショヴ側の状況。
バルトシーク子爵側から要求があった。
要約すると、イーディス公主を引き渡せ、だと。
断るならば売国奴の類として問責に掛ける、とも。
先の演説は、こいつも聞いていない事にしている様だ。
対するイーディス・リュドミラ・ヴィンフリード連合軍。
返答を引き延ばしつつ、別動隊を敵の北東へ展開。
北西のこちらと合わせ、三方包囲の形を取りつつある。
戦況として有利。兵数は互角、若干こちらが上。
あとは、いつ仕掛けるか、といった所だが。
「ど、どうしよ、アレ」
「ああー、アレかー」
動揺しているマリナ、難しい顔のマルカ。
俺も見えた。敵陣に子供を連れた奴が居る。
身なりが良い。兵卒、少年兵の類じゃないな。
貴族が子供に戦場を見せに連れて来た、といった感。
ジレンマ、だなあ。
アレの親を殺して恨まれる、というのもそうだが。
戦う限り、戦争する限り、誰かは死ぬ。
ともすれば、あの子も孤児予備軍だと。
死に行く奴らにも家族は居て、残されて。
残された孤児達の食い扶持の為にと思って参戦して。
結果、またどこかで孤児が……
なるべく捕縛、というのが関の山、か。
貴族は交渉の材料になり得る、という名分もある。
傭兵にせよ兵卒にせよ、狙って殺さないと思いたい。
捕縛、感電、神経麻痺、精神魔法からの睡眠。
出来る限り、戦意を奪って潰走させる。
とは言っても、前衛同士でぶつかれば。
その時は誰かしら死ぬ。高確率で。
始まったら、後の展開はもう天に祈るより無い。
「おう、やってんな。子爵殿。
おっと、俺も敬語とか使った方が良いかな?」
追い付いてきた後発部隊。
早いのは黒獅子隊、ヴァルター隊長達。
普通で良いでございましょうよ、男爵殿。
などと返されても肩肘張るだろう。
そうでもない? へへへと笑う。
夢の一端、土地持ち貴族の仲間入り。
嬉しいと言えば嬉しいだろうかな。
ヴァルター隊長、男爵就任はまだ内定。
辞令は受けたが爵位の授与式は戻ってから。
それでも、もう幾らかワクワクしているのだろう。
しかし……ちょっと減ったな。
黒獅子隊、元々が200人ぐらいの傭兵中隊だった。
それがセドリック達が抜けて130人ぐらいになって。
現状がもう、100人を割るか割らないか程度。
治癒が間に合わず包帯を巻いている者も居る。
士気が高いのがせめてもだが、それでもやや苦しい。
こっちもジレンマだ。敵は敵で気になるが。
敵なんて気遣ってる間に味方が死ぬ。
隊長、参謀、斥候担当は引き続き、敵情監視を。
副長、衛生、経理担当は黒獅子隊の支援に回ろう。
負傷者に治癒魔法。物資や装備、不足が無いか確認と。
ああ、隊長と副長は逆の方が良いのか。
ユッタとフリーダに鍛冶スキルがあった。
「なんか、お爺ちゃんの剣と似てる?」
「親父に貰った選別さ。うちの親父も鍛冶屋でな」
「良い剣だけど、何かクセみたいなのが。何だろ」
ヴァルターの剣を見るユッタ。
剣のクセがハミルトンの作に似ている?
技術的なルーツが繋がっているのだろうか。
まあ、その辺は落ち着いてから聞いて回ってみよう。
まずは戦闘準備。もう大体動けそうなのか?
イーディス公主に通信。こちらは配置に就いた。
本隊とタイミングを合わせたい。
戦術データを送る。打ち合わせを。
『ふふん? また随分と念入りなのが来たわね。
うっし。ほんじゃ、ブリーフィングを始めよっかーい』
相変わらず返事の明るい事で。
俺達も勿論だが、他の味方の被害も抑えたい所だ。
さて、どんな感じに料理して行こうかな?
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