黒鷲の旅団
26日目(10)良かったけど良くなかった?

『奴ら如きも御し切れぬは我が身の不徳。
 かくなる上は、この命を以て償う所存。
 どうか穏便に済ませて頂けたらと』

 通信先。映像の中。
 土下座で俺に詫びる鉄血の魔人。
 神妙な面持ち。震える声。
 魔人の目にも涙。

 いや、命とか要らんってば。
 落ち着いて。
 ひとまず俺の身内に被害は出ていない。

 麦角菌。汚染された小麦。
 こちらに流入している出所はどこか。
 面識のある魔人達に通信して回っていた。

 デルフィエンヌやベレンジェリエ。
 軍務担当。兵站は管轄外なのでと。
 ヴァランティエーヌに回されて。
 食糧支援について。
 内務担当の方が詳しかろうという。
 次いで紹介されたのがこちら。
 鉄血の魔人ヴァルヴェーラ。

 聞く限り、小麦。食料。
 バティスタン軍の置き土産らしい。

 交戦して領土を勝ち取った。
 放棄された糧秣が残った。
 傷んでいるのは認識していて。
 しかし、かまける暇も無く。
 降伏した民から商人が名乗り出た。
 都合が良いので、これに任せたと。

 加えてロンバルディア。
 イーディス軍への食糧支援。
 こちらも実質的には商人に丸投げだった。

 対応自体は間違いではないのだろう。
 こちらは、買い取る、金を出すと言って。
 そこに商人だ。販路も金銭感覚もある。
 経費と利潤を纏めて押し付ける。
 確かに手っ取り早い。

 で、その商人。
 まんまと汚染小麦をバラ撒いて回ったと。

 詳しい話を聞きたいんだが。
 このヴァルヴェーラさん。
 恐縮していて話が先に進まない。

 魔人達の間で、魔王ペーターの指示か。
 俺を厚遇しろ的な指示が出ている様子。

 そこへ来て、俺の食卓。
 汚染された小麦が上がった。

 実際には食卓っても。
 コッコのエサ箱なんだが。

 更に出所が自分の管轄。
 この魔人ヴァルヴェーラ。
 責任を感じてしまった様だ。

 大丈夫……というか。
 あんまり大丈夫ではないが。
 各方面から流入している。
 あんた1人の責任じゃなし。

 今その責任を追及したとして。
 この事態は好転しない。

 俺と身内はひとまず大丈夫。
 だから、まずは落ち着いて。

『あああ、兄上殿。
 お許し頂けるとはまず何よりだが。
 この失態だ。協定にヒビを入れてしまう。
 どうして生きて明日を迎えられよう。
 せめてサパッと殺して頂ければ良いが。
 見せしめに酷く甚振られやするまいか。
 何卒、知恵をお貸し頂きたく』

 え、ど……兄……ええと?

 兄、は、ともかくとして。
 まずは状況の改善に努めよう。
 商人の捜索と逮捕、麦の検疫の強化。

 あと、あんたへの問責についてだが。
 俺が魔王様に待ったを掛ける。
 ペーター魔王様に連絡したい。
 誰か繋ぎは。

『ああー、すいません。
 立て込んでました。
 何かお急ぎでしたー?』

 本人からヘラヘラっとした通信が来た。
 丁度良い。状況を説明する。

 イーディスが食糧支援を依頼した件。
 麦角に汚染された小麦が入り込んだ。
 仲介している商人の仕業だろう。
 金を掴ませて検疫をすり抜けている。

『おや。おやおやおやおや。
 何ですかそのヤバシロオモイ事態はー』

 さりげなくヤバいと面白いを混ぜるな。
 ちょっと面白がってる様だが。
 まさかワザとじゃないよな?

『いやいやいや、まさかまさか。
 そんな事で大量死なんて。
 こっちも計画が狂いますから。
 しかしイーディス嬢。
 知ればオカンムリでしょう。
 休戦維持にテコ入れが要りますかね。
 首謀者は見せしめに吊るすとか』

 物騒な。悪いのは商人だと念を押す。
 関係各位皆殺しみたいなのはやめてよ?

「ほうほうほう。
 現場統括やらには情けを掛けろと。
 仕方ないですねえ〜。
 他ならぬハインさんが仰るなら。
 勿論お咎め無しとも行かないでしょうが」

 魔王ペーター、にやりと笑って通信終了。
 あれで大丈夫かな。
 まあ、いきなり死罪とかは無いだろう。
 もう1つの通信映像、ヴァルヴェーラ。
 安心したのかヘナヘナと座り込んでいる。

 後は該当する商人の捕縛、流入の停止。
 既に広がっちゃった分をどうするか。
 数々のという問題も残るが。
 とにかく、ペーター軍が故意でない。
 それは良かった。何よりだ。

 状況改善に努める。
 その限り、停戦状態は維持し得る。
 この状態で全面戦争再開は厳し過ぎる。

 魔王ペーター軍が故意でない。
 しかし、そうなると、別の魔王。
 魔王バティスタンか?
 裏で糸を引いている?

 あるいは、単に商人の問題か。
 低モラルで意地汚いだけとか。
 これも誰か捕まえてみないと分からんな。

 通信を各方面に……えーと?
 言っとけば広めてくれそうなのは誰だ。

 騎士団長クロイツァー。
 魔女協会筆頭大魔女ジズデリア。
 神殿騎士団長アウローラにも。
 事情を話してそれぞれ監視を強めて貰う。

 それと……畑を見に行ったのは?
 人馬族少年チームか。ハヴェル達。
 通信。頼んでいた物は見つかったか?

『あった、けど……』

 暗い顔。うん。
 あったらマズいよな。
 まあ、よく見つけてくれた。

 麦畑を見に行って貰っていた。
 探して貰い、見つかったのは麦角だ。
 既に汚染が国内の畑に広がりつつある。

 対策は村人達とも話し合おう。
 まずはお前達も戻っておいで。
 ひとまず昼飯にしよう。



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