黒鷲の旅団
26日目(11)悪い荷馬車にキノコがぴょいと

「ああ、この辺もカビだ。参ったな」
「黒鷲様の魔法でもダメとはなあ」

 すまないな、あまり力になれなくて。

 ボヤいているのは農夫。
 ジョエルとグレゴールだったか。
 違う。ジョセフだ。
 最近越して来た若者。
 ジョエルは故人の方だったな……

 トゥルチャの開発地域、農村。
 昼食を済ませた俺。
 農夫達と麦角菌の対策を練っていた。

 防御、浄化、免疫、農耕魔法より。
 派生したのは防疫魔法。
 病害の拡散を防ぎそうな魔法。
 これは作った……作ったが。
 既に感染した物は取り除けない様子。

 効果時間も無限でなし。
 一度の効果範囲も広くはない。
 農村全体を囲って回る……
 ちょっと現実的ではない。

 分解魔法も試したが。
 菌だけ消滅させる事は出来なかった。
 小麦諸共、元素分解してチリになる。

 都合よく麦だけ取り出す手段が無い。
 少なくとも現状では見つからない。
 汚染された小麦が食えん。
 集めて焼却処分しかないだろうか。

「まあ、早い所で気付いて下さった。
 悪いのはとっとと刈っちまおう。
 そんで、植え替える方なんですが」

 そうでした。
 刈り取って終わりという話ではない。
 次に何をどう植えるかも考えないと。
 単に小麦を植え替えたとして。
 すぐにまた汚染されてしまう。
 小麦を植えられるのは防疫魔法範囲。
 それも途切れるとまた汚染される。

 十分な小麦が確保出来ない。
 代わりになるのは芋や豆だが。
 小さい子にそのまま豆を食わす……
 喉に詰まらせそう。躊躇われる。
 ペースト状に潰すとか工夫しないと。

 あと、カボチャとか。
 単に果物を増やしても良いか?
 炭水化物も必要だろう。
 しかし拘っている場合でなし。
 まずは必要なカロリーを確保だ。
 生き残らないと始まらない。

 幸い、農作地だ。元からの地力がある。
 農耕魔法から種や苗の生成が出来る。
 この農村だけなら生き残らせられる。
 ただ、首都圏の食糧まで賄えるかどうか。

 クリエイト・シード。グロウアップ。
 農耕魔法は育成も早められる。
 しかし、あくまで早めているだけだ。
 収穫に必要な地力を使う。
 収穫したら土地の改善をしなきゃならん。
 それはそれで魔法でも出来るが。
 魔力が持たない。勿体無い。

 大勢が飢えている。
 生産速度も効率も必要だ。
 収穫の手が間に合う程度に育成を早め。
 必要な栄養素、肥料なんかも買い集め。
 自然成長にも頼りつつの最大効率を狙う。
 人手や農地も増やして行きたい。
 どう掛かろうか。

 そんなことを考えていて。
 ふと探知情報に気付く。
 魔物らしい反応が多数。
 相変わらず街道に集まっていて。
 それが、遠方から徐々に割れている。
 何か来る?

 遠見魔法で確認。馬車だ。
 馬車が突っ込んで来ている。
 魔物が左右に避けて行くのは何だ。
 強力な魔物除けでも施しているだろうか。

 加えて、馬車の探知情報が見当たらん?
 違う。魔物と同じ赤マークだ。
 区別がつかないんだ。
 赤。敵反応。敵対的。
 あるいは噂の悪徳商人か。

 キャスティーナ領は検疫を強化。
 その監視を強める前に抜けて来たかな。

 通信。各隊長。
 ユッタ、レーネ、マリナ。
 街道沿いに怪しい馬車が来る。
 殺さずに止められるか。
 捕まえて話を聞きたい。

 どん、どどん。
 まずは銃声が数回響いて。
 しかし止まる気配が無い。
 遠見。弓矢の追撃。
 弾かれるのが見えた。障壁魔法。
 術者の兼業商人。
 それ自体はそう不思議は無いが。

『そこの馬車、止まりなさい!』

『止まれー!
 速度落とせ、こらーっ!』 

 レーネやティルア。
 拡声魔法で呼び掛け。
 しかし構わず突っ込んで来る。
 何だ? 変な使命感があるな。
 悪党の小銭稼ぎの挙動に見えん。

 あれを止めるのはちょっと無理だ。
 退避。総員退避。
 横へ出ろ。通せ通せ。
 撥ねられたら堪ったモンじゃない。

『えー、逃がしちゃうのかよ』
『集落の中で火は使えないよ』

 残念がるマルカを窘めるマリナ。
 火もそうだが。
 無理に引っ繰り返しても危ない。
 敵対的でも民間人だ。
 狙って殺してはマズいだろうし。

 馬車は猛然と村の中に入る。
 そのまま走り抜けて行く。
 ちょっと悔しいが、仕方ない。
 首都の方で捕らえてくれる事を期待しよう。

 不意に、ぴょうと矢が飛んで。
 馬車の荷台に後ろから飛び込んだ。
 あの曲射軌道はマリナかフェドラかな。
 しかし、魔法付与は無い様だが。

『よっし。どうかなー』
『あっ、見える。見えるよ。馬車の中』

 見えると言っているのはヒュリヤ。
 ヒュリヤはキノコ型の分身体。
 視界を共有出来る。
 フェドラの矢にキノコを付けたのか。
 飛ばして貰った様子。

 何が見える。馬車の荷台。小麦袋。
 中身はやはり汚染小麦。
 荷台の男が袋を放り出している様だ。
 わざと落としている。
 落とすのも故意なのだと。
 やはり汚染拡大その物が狙いか。

 と、気付かれたか。
 分身体キノコ。
 馬車から放り出された様だ。
 回収出来る?
 下位の転移魔法で大丈夫だと。

 敵は商人……を装った工作員。
 食料分野に打撃を与える。
 国力を削ぎに来ている。

 出所は恐らく魔王バティスタン軍。
 標的がペーター軍ではない。
 こちらなのが意外だが。
 敵の友好国ではある。
 連携の阻止でも目的にしているのか。

 既に騎士団長には話を通してある。
 国としての対応は彼らに任せよう。
 俺達は、まずは自分が飢えない様に。
 食料の確保・増産から始めて行こう。

 各第2小隊や花人隊は午後からお勉強。
 各第1位小隊は出動準備。
 工作員が落とした小麦袋を捜索・処分。
 それと、並行して。
 まずは食えそうな魔物から探してみよう。



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