黒鷲の旅団
26日目(16)敵は商業ギルド?

「さっさと拘束を解け!
 わしを誰だと思っている!」

 別に誰でも良いんだけれども。

 麦角小麦と関与が深そうな豪商を捕獲。
 名はラディム・ヴィスコチル。
 この一帯の流通を預かる商業ギルド幹部。
 それも地方統括クラスの幹部だと。

 ジェニフェさんが一緒に寄越した小麦袋。
 見るからに麦角菌に汚染されている。
 商業ギルドの重役、が、これを。
 汚染小麦の拡大に関与している?
 国軍の輜重隊に混入させている。

 重役の権限を使って?
 検疫も、俺だぞ顔パスで通せ、的な?

「知らん! 部下が勝手にやった事だ!
 貴様、わしに無礼を働いて!
 タダで済むと思っているのか!」

 何様だろうが容疑者に違いは無い。
 部下の仕業でも監督責任は怠っている。
 こちらも公主配下の貴族だ。
 犯罪は放置しかねる。

 ギルド幹部と子爵。
 どちらが偉いか知らないが……

「こ、公主派、だと……?」

 知らないが……あれ、黙っちゃった。
 口をパクパクさせるヴィスコチル氏。
 俺が貴族だとは思わなかったか。
 あるいは、公主派が、か。
 この辺は反公主派も多いのかな。

「お前はもう少し身綺麗にしても良いわね」

 軍船から降りた魔人ジェニフェレーヌ。
 お供に、サキュバスかな。女悪魔が2人。

 埃っぽいのは戦闘の帰りなモノで。
 しかし、見て貴族と分からん状態。
 いちいち説明するのも面倒臭いか?
 貴族は貴族で狙われる気もするけど。

 それで……どういったご用向きでしょう。
 停戦中、人狩りに来たのでもないだろう。

「お前の顔を見に来たと言ったら?」

 ご冗談を……と、ジェニフェレーヌ。
 俺に詰め寄って来て耳打ちする。

「私のペット。
 幾らか、お前の所に居る様だけど。
 そろそろ返して頂いても良いのかしら?」

 うぇっ、と……

 ペット。元奴隷兵の子供達。
 トゥリンとかヒュリヤ、村へ行った子達も。

 うちで引き取るワケには行きませんか。
 代償は用意させて頂きますので。

 そう持ち掛けると、ジェニフェレーヌ。
 濁りの無い笑みを浮かべて言う。

「ふ。誤魔化し掛けて止めた。
 やはりお前は見所がある。
 良いでしょう。揉めるなとの命もある。
 お前の拾った物はお前の物としましょう」

 感謝を。謝礼は何が良いだろうか。
 ジェニフェは少し考えて。
 魔法を幾つか、と。

 リストを掲示した所。
 地味めな魔法ばかりチョイス。
 形成外科魔法はともかく。
 消臭、芳香、音紋解析。
 あと、温泉魔法……そんな物で?

「そんな物というが、S級でしょう?
 今の暗黒大陸を見ていないか。
 あれは文字通り日も差さぬ闇の世界。
 温みは嗜好品にして贅沢品でもある。
 欲を言えばもう少し欲しいが……
 元は奴隷兵。少し過ぎた代価かしら。
 応じてくれると嬉しい。
 値切るのでも温泉魔法は欲しいわね」

 応じましょう。魔法5つ伝授。
 機嫌良くお帰り頂きたい。
 その方が、こちらも気が楽だ。

 殊勝だこと、と笑うジェニフェレーヌ。
 本当に気を良くしたらしい。
 先に得ていた情報も提供してくれた。

 ジェニフェがヴィスコチルから聞いた所。
 彼と手下どころか商業ギルド全体として。
 組織がバティスタン軍と繋がっている?

 麦角に汚染された大量の小麦がある。
 これを現地からの商人と協力して運ぶ。
 怪しまれない様に広く行き渡らせる。
 そして汚染小麦で国力を弱らせるのか。
 単純に将兵の健康も損なうだろうし。
 対応が遅れれば市民の支持も失うだろう。

 バティスタン軍を勝たせたい?
 魔王を支持して……ではないのか。
 標的はイーディスの方らしい。

 彼女は王位継承を巡って兄弟姉妹と争った。
 負けた側に肩入れしていた豪商も多く居た。
 それで何か恨みを買っているのだろう。
 ギルド上層部は彼女の失脚を狙っていると。

 しかし、イーディスが魔王に負けたら?
 今度はアーデルハイト側に肩入れする。
 北から押し込んで神聖教会の版図に戻す。
 どうもそういう算段で動いている様だ。

 よくそこまで聞き出せましたね?

「道中、私を高級娼か何かと思ったか。
 言い寄って来てね。戯れに相手した。
 ペラペラと喋ってくれたわ。
 折角だ、自慢の屋敷を見に行きましょう。
 厳格な妻、潔癖な娘とやらに興味がある。
 夫が父が寝床でどんな醜態だったか。
 詳しく聞かせてやらねばね」

「ちょ、待っ!
 妻子にだけは! ぐあっ!」

 縋り付こうとするヴィスコチル。
 を、ジェニフェは冷ややかに蹴飛ばした。

「分を弁えなさい、下郎。
 お前こそ、私を誰だと思っている。
 我こそは魔人、淫虐のジェニフェレーヌよ。
 幸い、今は機嫌が良い。
 挽肉にはしないでやるが。
 精々、司法とやらの裁きを受けるが良いわ」

 顎で俺を指すジェニフェさん。
 あ、はい。通信を。

 国軍に連絡した。
 ヴィスコチルを捕らえて貰う。

 しかし相手は老獪なギルド重鎮だ。
 手管や威圧で言い包められても困る。
 そこらの兵卒に任せられん。

 ジェニフェの威圧にも耐えられんだろうし。
 騎士団長か上位の騎士に来て貰わないと。




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