黒鷲の旅団
26日目(17)責務を外れて

「もう、あいつら! ってか、こいつらか。
 どんだけ腐ってんのよ、もうっ!」

 ヴィスコチル氏の捕縛の報を受けて。
 イーディス公主が直々に駆けつけてくれた。
 くれたが、早々に憤慨気味だ。
 縛ったヴィスコチルに蹴りを入れている。

 公主と対立する貴族達。
 それが商業ギルドが繋がっている。

 公主失脚を狙っている。
 汚染食品を混ぜ込んで来た。
 まるで民草の犠牲など顧みていない。
 謀略や権益を優先。
 社会的な責任など二の次か。

「昔はそんな連中じゃなかったんだがなあ」

 公主のお供から騎士ギャレット。
 彼が言うには商業ギルド。
 そうでない時代もあったのだと。

 広く商業を支援する。
 厳正だが弱者も救済し得る。
 ときには貴族権力にも抗ってと。
 そういう組織だったという。

 それが、創始者達が海の向こうへ消えて。
 後の管理を任された連中だ。
 これが貴族や豪商と癒着。
 かなり好き勝手をやっているらしい。

「まあ、こっちだって黙ってないわよ。
 あいつらの後ろ盾の貴族を弱らせたり。
 でも、今、何つーの。キンキン?」

 喫緊、の事かな。喫緊。急ぎの問題。
 まず食料どうすんだ問題。
 これを解決する必要がある。

 トゥルチャ鉱山町については、農村から。
 取り敢えず集められるだけ集めて送る。
 金さえ回せば、道具屋ブシュラさん。
 上手くやってくれるだろう。

 ただ、長期戦略として。
 あの農村1つで国内全部を賄うのは無理だ。
 他にも手を入れたり、協力を求めないと。

「うーん、そうね。
 宰相とかと相談してみるわ。
 買い付けるか増産……
 どこから。ううーん?
 検疫も強くしてかないとだし……
 うううーん?」

 頭を抱える公主。
 俺にもすぐには思いつかないけれども。
 色々当たってみるしか無いだろうか。

「それで? もう行ってもよろしくて?」
「あ、はーい。お待たせしてまーす」

 魔人ジェニフェレーヌに呼び掛けられ。
 公主は簡単に承諾。
 来訪の目的は完全に観光らしい。

 人類虐待派閥でも人類検証は責務なのか。
 より嫌がらせる為に研究を深めたいのかな。
 魔王の言い付けもある様だ。
 交戦の意思は無い様子。
 一応、動向監視だけ付けて放置と。

 監視。各都市への諜報要員の派遣。
 それと移動が馬車メイン。
 国が手配する。行き先ぐらいは把握できる。

「ではね。そうだ、お前は兄より弟が良い。
 アンヌにしておきなさい。
 まあ、怪力バカなあの姉だ。
 本気で手を出すなら抗えまいが。ね」

 馬車に乗り込んで、去り際。
 俺にウインクを投げ掛けてるジェニフェ。
 見なかったフリも出来ない。
 愛想笑いで手振りした。

 ……やっぱり、ではあるが。
 そういう話が浮上しているのだろうか。

「え、せ、政略結婚ですか?」

 レーネ。聞いていたのか。
 まあ、すぐに結論を出す話ではないよ。

 魔王の思惑。誰ぞ俺に嫁がせる。
 俺を魔王軍の縁者にする。
 ジュス姉さん、あるいはアンヌとか。
 何人か候補に挙がっている。
 一部末端が俺を兄と呼んでいた。
 その辺からの先走りだろう。

 対する俺として。
 正直、慎重にならざるを得ない。

 2人の事は嫌いではないのだが。
 魔王と縁者になる。
 味方も増えるが敵も多くなるだろう。
 言いがかりを付けられる。
 勇者がうちの子を殺しに来る。困る。

 幾ら守ってくれると言ってもな。
 攻撃自体されたくない。
 強い方に巻かれるのが安全とは限らない。
 仇討ち加勢より殺されない方が大事。

 かといって、魔王軍とも揉めたくない。
 友好を保ちつつ濁しつつ、だろうなあ。

「あ、あの、分かります。皆の為に。
 でも、おじさまさえ良ければ。
 私は側女でも何でも」

 レーネ、落ち着いて。
 慌てて愛人宣言とかするんじゃない。
 本当に、すぐどうこうする話じゃない。

 魔王様とも一度話をしないと。
 言い触らして外堀を埋められそうだ。
 勘弁願いたい。

 さて、引率するべき輜重隊。
 その食糧が汚染されていた。
 別途手配するとして。
 こちらは空振りになってしまったな。
 折角ついて来て貰って悪いが……おや。

 振り返ればフィリッパ。
 両親の捜索願いの件。
 手配書を憲兵に渡している。

 マリッタは探知魔法か。
 目が合って、首を横に振る、
 水竜族の仲間は、ここには居ない様だ。

 軍船を見上げているのは2人。
 バートとアンゼさん。

 花人は塩水が苦手だが、アンゼさん。
 人間の文化には興味があるのだろう。

 バートは遠くまで行ってみたい、らしい。
 今まではチビ達の面倒を見ていた。
 とても考えられなかった。
 俺に預けられるなら、か。
 希望者はまた遠征にも連れて行きたいが。
 俺の目が届く範囲。人数制になるかなあ。

 それぞれ何かしら得る物があったかな。
 一旦、皆の所に戻ろうか、という所。
 海、黒海の向こう。海上か対岸方面か。
 何かが光って見えた。赤い光……複数。
 何だろうか。嫌な予感がする。

 各隊に通信。海上方面を警戒。
 一度陸に上がって防御態勢。
 汚染小麦を寄越しているんだ。
 今更、直接攻撃も無いとは思うが。
 一部将校の独断専行が無いとも限らん。

 取り越し苦労なら良いが……
 俺達も合流を急ごう。



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