黒鷲の旅団
26日目(19)ニンジンと偏見、
義足とジレンマ

「ニンジンかあ〜……
 まあいいや。ごはんごはんっ」

 微妙な顔をして、トゥリン。
 ニンジンを受け取って駆けて行く
 ウサギはニンジン好きかと思ったが。
 これは先入観だったかな。

 農村から鉱山町に食料を運んだ。
 そこまでは良し。

 しかし、小麦の大半が使い物にならない。
 需要は果物と芋類が中心となった。
 葉物や根菜も運んでみたが。
 結果として残ってしまった。

 で、余り物を引き取って帰還。
 自宅へ持ち帰る。
 野菜が背負いカゴに7割ほど。
 このニンジンもその一部だ。

 なんか、ニンジン多いな……
 鉱山町の鉱夫、おっさん達。
 子供っぽい残し方だとか思ってしまう。

 まあ、鉱山で働く男だ。
 肉料理には合わないかもしれん。
 子供達のシチューの具には使えるだろう。

 幸い、うちの子達に好き嫌いは少ない。
 あまり好きでなくても残さず食べる。
 ロクに食えてなかった不幸が土台だが。
 獣人系の子のタマネギ苦手。
 それ以外は凡そ大丈夫だろう。

「あ、あ、あっ」

 駆けて来て転ぶ少女。大丈夫か。
 心配したマイナさんも向かって来る。
 俺もカゴを降ろして助けに掛かる。

 右足欠損から義足。
 義足を得た少女、イゾルダ。
 助け起こされ、へへへと笑う。
 俺の腕を、義手をさすって来る。

 俺にせよ、マイナさんにせよ。
 同じく義肢を付けている人間がいる。
 何か安心感があるのだろう。

 同じ頑張れでも、境遇の差。
 五体満足な者が言うより説得力がある。
 ここまではやれる様になる。
 その見本になれる。

 足治ったなどと言う。
 治った、まあ、新しい足がついた。
 調子は。大丈夫そう?
 今は練習中か。

 何かあったら呼んで……ああ、いや。
 通信魔法を覚えるには魔力不足。
 レベルでも上げないとか。
 慣れるまで補助を頼むのが良いか。
 まあ、焦らなくて良い。
 ここに居る分には安全だ。

 イゾルダと屋敷に向かいながら。
 思うのは……ジレンマだな、と。

 魔法、便利な力を得る。
 そこまでにリスクが要る。
 通信端末の類があれば良いんだが。
 それだけ再現した所で電波塔も無い。

 他の子達にしてもだ。
 好きで戦わせたい訳ではないが。
 頭のおかしい異世界人も居る。
 おかしくなった兵隊が大勢居る。
 もし襲われたらと思うと。
 どうしても鍛えねばと思ってしまう。

 そして鍛える。
 レベル上げに命のやり取りが要る。
 危険だし、心も痛む。
 特に優しい子は気にしてしまう。

 年少組だけでも戦いを避けられないか。
 早めに別の仕事を見つけてやりたいが。
 各孤児院に呼び掛けた進捗はどうか。

 孤児院の神父達への連絡手段。
 一般的な神職は魔法を使わない。
 所属する子供らか、俺自身。
 マメに顔を出して確認しないと。

「おーい、乗せてこっか?」

 ホウキで飛んで来たヘリヤとシャンタル。
 イゾルダなら大丈夫だ。
 俺もついてる。先に行っててくれ。
 助け過ぎても本人のやる気を削いでしまう。

 ヘリヤ、シャンタル。
 あとフレスさんも来訪予定。
 魔法特許関連の報告がまだだった。
 今朝からスケジュールが合わなかった。
 話をしたいので夕食に招いている。

 フレスさんはリュドミラ公女の魔法の先生。
 相談役として度々呼ばれているらしい。

 トランシルヴァニア方面。
 あちらにも魔女協会とかは、ある。
 あるのだが、本拠地が敵寄りらしく。
 相手方に協力して来る事が見込まれて。
 公女も対抗策に魔法使いを求めている。

 他の大魔女様達も忙しい。
 魔王軍の監視。
 先の弾道兵器の事もある。
 情報交換は必要だろう。

 まあ、話の前に夕食だ。

「おじさまー?」

 屋敷の前、レーネが居た。
 トゥリンが戻ったのに俺が来ない。
 探していた様子。

 レーネ、トマトあげよう。トマト。

「え、あ、はい…………トマト?」

 あまりピンと来ないという顔。
 やっぱり先入観だよなあ……

 人間の思い込み。ステレオタイプ。
 傾向も、あるのかも知れないが。
 個人が型に嵌っているとも限らない。

 混血、ウサギ獣人の血が強いトゥリン。
 ニンジンより肉の方が好き。

 半分吸血鬼のレーネ。血はともかく。
 ブドウは好きだがトマトはそうでもない。

 ジェマはシンプル。
 魚が好きなワーキャットだが。
 それも単に彼女の個性かも知れない。

 例えば、この先だ。
 熊の獣人とか出て来たとして。
 はちみつが好きか、なんて分からんな。
 交渉の場など先入観で臨むのは避けよう。
 思わぬヒンシュクを買う事になっても困る。

 まあ、種族的にどうであれ。
 俺にとって大事なのは。
 この子達。個人個人だ。
 好き嫌いぐらいは把握したいモンだが。
 さて、次の食卓。
 どんな顔を見せてくれるのか。

 やる事が増えて。
 集まった子も増えて。
 常に一緒に、というワケにも行かなくない。
 向き合う機会1つ1つ、大事にしなければ。



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