黒鷲の旅団
26日目(21)戒律と報いと

「皆、よく食べ、よく祈り。
 そして、よく眠っています。
 顔を見て行かれますか?」

 あ、はい。お願いします。

 神殿騎士アウローラ。
 シスター服姿。
 口元だけフフリと笑う。
 案内されるまま、俺も続く。
 屋内へと足を踏み入れる。

 俺が訪ねた先。
 首都王城から一転。
 神聖協会ブラショヴ支部だ。

 城に居合わせた騎士ヴォルフラム。
 彼から、こちらだと聞いた。

 カシューさんの対応。
 これが少し先走っていて。
 預けた元戦争捕虜、少年少女15人。
 既に育てる用意を進められていた。

 住居を神聖協会支部併設の孤児院へ。
 高額な寄付金まで置いて行ったらしい。

「ろーら」
「しすたー・ろーら」

 起きて来た子供が3人。ローラ?
 非戦闘時、子供達の前。
 シスター・ローラで通しているらしい。

「どうしました。
 もうお休みの時間ですよ?」

「命令が無かった」
「ご主人様より先に寝てはいけないの」

「天の主は仰られた。
 良い子はもう寝る時間です」

「はーい……」

 納得半分の面持ちで寝床に帰る子供達。
 あの子達は何か事情が?

「生まれてずっと奴隷だったそうです。
 奴隷の子として生まれた。
 奴隷として育った。
 命令が無い境遇に戸惑っている様です」

 命令が必要、か。
 教会の戒律が代わりになれば。
 ここに連れて来られたのも何かの縁。
 俺の所で預かるより良いかも知れない。

 引き続き世話をお願いします。
 俺も寄付金とか置いて行こうか。
 ひとまず500万、金貨50枚。
 あと心配なのは、亜人の子と欠損者。
 不都合が出て来るなら知らせを下さい。

「こう歩み寄ってくれる。
 非常に助かります。
 幾らか貸しもあるとは言え。
 シスター・マイナには酷い事を」

 それは自分の職務に従っただけだろう。
 秩序の維持だの戒律だの。
 一定程度は理解する。
 不満は不満だが、だからと個人を。
 現場を責めても体制は変わらない。

 やられた、やり返せと。
 その不毛な繰り返し。
 そういう物は少なからず見て来た。
 振り上げ合った拳。
 誰かが先に降ろさなきゃならん。
 そのまま振り下ろしたい。
 その気持ちも分からなくはないが。

「感謝します。
 彼女の善意も理解は出来ます。
 信仰さえ失わなければ。
 きっと救いもありましょう」

 俺に信仰の話はよく分からんが。
 神とは座して見守っているものだろう。
 善なる人が善を成すのを見守っている。

 なら、現世で手を動かすのは。
 それは人の仕事だろう。
 神の救いを待つよりも。
 人が人に報いて欲しい。
 俺はそう思うけどな……

 と、不意に。
 歩み寄って来るアウローラ。
 俺の両肩に手を置いて……
 え、ちょ、何。

「多少俗だが筋の通った神父。
 良いかも知れない。
 神職に興味は?
 良ければ少し説法など」

「大将。あ、すんません」

 不意に神殿騎士が声を掛けて来た。
 若手の、デフロットだったかな。
 呼び掛けて来て、しかし戸惑う。

 呼ばれたアウローラ。
 相変わらず無表情だが。
 気配は凍り付く様な殺気を帯びていて。

「……何か」
「い、いや、あの……猫が」
「ねこおぉお?」
「こ、怖いっす」

 襟首を掴まれるデフロット。
 アウローラさん、怖い。落ち着け。
 確かに、たかが猫ぐらい。
 報告が要るのかとは思うが。

「いや、猫つっても人間の方で」

「人間の……
 よもやシャパリューですか?」

 顔色を変えるアウローラ。
 何やら穏やかではない様子。

 シャパリュー。時々聞く名前だが。
 確か、悪党連中に睨まれている奴。
 勇者か何かじゃなかったか。

「それが悪党だけでも……
 ええー、状況は」

「ゴルドーニ付きの神官2名。
 殺害されてます」

「ゴルドーニ自身は」
「傷1つ無く」

 デフロットは肩を竦め。
 アウローラ、舌打ち。
 やられりゃ良かったと言わんばかり。

 ヒーラー組合の幹部、ゴルドーニ氏。
 組合の高額請求。
 市井でも不満が出ていたが。
 その世直しにしたって、中途半端な。
 手下を殺して幹部は無傷って。

「元々その2人が狙いだったのかも。
 あの狂った神罰代行人ときたら……
 あまりご存じないでしょうか。
 道すがら説明します。同行を。
 可能なら手を貸して頂きたい」

 シスター服を翻し、鎧化。
 姿を変えるアウローラ。

 手を貸す。殺人者の捕縛に、か。
 まあ、放置したくもなし。
 俺個人で出来る範囲で良ければ。

 それで、その。
 狂った神罰代行人というのは何だ?



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