黒鷲の旅団
26日目(25)消せない過去の先で

「転職か」

 どうだろう。
 それも1つの将来かも知れないが。

 現実側。イングランド緩衝地帯北部。
 治安維持部隊の駐屯地。
 俺は1人の知人と面会していた。

 ドュルーダ・アーダルベルト
 ・サンタンジェロ。
 結婚前はドュルーダ・シュタインベルク。
 シュタインベルクだ。俺の兄に当たる。

 軍人。地下統一国家。
 地下シェルター群を中心とした国家の所属。

 階級は准将とか偉いハズだが。
 時折現場に姿を現す。
 たまたま来ていると聞いていた。
 今回足を延ばした。
 正規軍の人間では数少ない伝手だ。

 俺が彼に頼んだのは。
 軍データベースへのアクセス権。

 知りたいのは主に2つ。

 1つは医療分野。
 麦角菌とか中世文明相当の疫病。
 その対処方法について。

 企業側にも近いデータバンクはある。
 極めて最新の情報が。
 しかし最新過ぎる。
 中世に流行った疫病に明るくない。
 医学史とか何か、古い情報にも触れたい。

 それから、生活指導関連。
 幼年学校相当の学習要綱など。
 異世界の子供達の足しになれば、だ。
 俺自身、必要だと思う事は教えているが。
 決して専門家ではない。
 何か見落としているかも知れない。

「必要であれば。
 指導教官の椅子など用意させるが」

 気が早い。
 今日明日、仕事を失うワケじゃない。
 傭兵稼業の延長。
 学が無い連中の面倒を見る話だ。

 まあ、引退したら教官も悪くはないが。
 仮に転職するとして。
 コネで来た教官では世間体も悪いだろう。

 と、言われて考え込んでしまう兄貴。
 別に何してくれなくたって良いんだが。

 兄貴は俺に余計な負い目を感じている。
 言ってみれば、俺の右目を奪った男だが。
 あれは事故だった。重々承知している。

 入れた義眼は電脳と繋いで視力もある。
 使うとレンズが焼ける溶断レーザー付き。
 これは蛇足も蛇足だが。
 概ねパワーアップした様なモンだ。
 不自由は無い。

 しかし、俺の落ちぶれていた頃を見て。
 あるいは結婚して責任感でも身に付いたか。
 会えば何かと世話を焼こうとして来る。

 寡黙な男。眉間にシワの寄った様な仏頂面。
 自他に厳しい、泣く子も黙る鬼准将。
 その中身が実はこう家庭的。何だかな。

 俺は俺で、兄貴に借りがある。
 そう思っているんだが。

 姉貴に暴行を繰り返す親父。
 あれに、とうとう我慢ならなくなって。
 俺と兄貴で共謀して、親父を始末した。

 結果、姉貴は心が壊れてしまった。

 姉貴は、家庭を維持する為に。
 あえて親父の暴力を受け入れていた。
 蒸発した母の代わりにと。
 親父を繋ぎ留めようとして。
 俺も兄貴も幼かった。
 それが理解出来ていなかった。

 親父の死を見て姉貴は発狂して。
 その姉貴を前に俺達は錯乱して。
 兄貴が払った刀が俺の目に。
 事故だよ。あれは事故だったんだ。
 狂った姉貴も押し付けておいて。
 目玉1つ安い物だと……

 と、感傷に浸っていても仕方ない。
 俺はともかく兄貴は忙しい身だろう。

 俺の方、企業間抗争。
 友軍ラドクリフ社側の勝利。
 件のゲーム会社も支配圏内に収めた。
 落ち着いたら技術チームと調査に行く。

 ただ、これがなかなか落ち着かない。
 取り残された兵力が抵抗を続けている。
 何か撤収に失敗したのか。
 それとも機密保持や隠蔽工作途中か。
 まさかゲーム会社は関係無いと思うが。

 兄貴らの治安維持軍。
 基本、企業間抗争に干渉しない。
 ただ、市民が銃火に晒されるなら別だ。
 企業上層部が経営拠点を捨てて逃走。
 実質的な敗北だ。
 にも拘らず戦闘を続ける残兵。
 これは暴徒と見なされて鎮圧され得る。

 兄貴の仕事は、その鎮圧の指揮だな。
 これ以上はと線を引く。
 巻き込まれる市民の保護に掛かる。
 残兵に警告、退去要請。
 従わなければ鎮圧と。

 その準備中に割り込んでいる。
 長居をしても邪魔になるだけだろう。
 要件を済ませたら退出するのが良い。

 データベースへのアクセス権を申請する。
 書類にサイン。
 悪用しないだの何だのに同意。
 発行されるIDとパスは後で送ってくれ。
 借り1つだな。何か必要があれば。

「姉上に会ってやれまいか」

 こちらの去り際に難しい事を言う。
 会った所で何を話したものやら。

 直接は憚られるが。
 後でビデオレターでも送ろう。
 動く俺が見られる。
 少しは気が休まるだろう。
 兄貴が黙って頷くのを見て。
 俺は建物を後にした。

 後にした所で、通信。社内の告知。
 敵対企業の1つが友好企業に宣戦布告。
 この友好企業が先のラドクリフ社で。
 ゲーム会社の反対側から突いて来ている。
 何だろう。撤退援護のつもりだろうか。

 まだこちらに応援要請は出ていないが。
 それも時間の問題だろう。
 さっさと帰らないと。
 飯を食う時間も無くなるな。

 留めておいた重二輪に跨る。
 俺は急ぎ駐屯地を後にした。



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