黒鷲の旅団
28日目(4)欲しい所にそれは無く

「よう、邪魔してるぜ」

 ハミルトン爺さんの店へ。
 居合わせたのはヴァルター隊長。
 カール、ハイルヴィヒも一緒。

 来訪目的の3割は息抜きだという。
 新任領主と補佐。
 勉強しなきゃならん事が多いとして。
 朝から晩までお勉強も疲れるものだ。
 理由を探しては外に出歩いている様子。

 息抜きしながら。
 それでも、自分でやる。
 真面目だよな。

 騙された事もあるからとハイルヴィヒ。
 役人が信用出来ない経験もあったか。

 目的の残りは武器探し。
 あと、俺の所との交流か。
 ユッタの実家が鍛冶屋。
 それを聞いていて見に来たと。
 転移ポータルも気に入ったか。
 試してみている様子。

「エメリナ嬢は?」

 カールから。
 エメちゃんなら別行動だが。

 分担して、弓兵隊はトゥルチャの方を。
 弩兵隊はコドレアの様子を見に行った。

 カールは頷いて。
 店に並ぶ剣を手に取って比べる。

 幅広の剣。
 重くねえかとハミルトン爺さん。
 不得手と言っていられないとカール。

 対戦してエメリナに負けたんだったか。
 重い剣、不得手。それでもと。
 力で負けたと感じた?

 同じ細いのに一撃が重かったという。
 全身を撓らせた様な……

 ああ、もしかしたら。
 うちのエメリナはハーフマーメイド。
 泳ぐのも全身を使ってドルフィンキック。
 コツか特性でも持っているのかも。

「亜人種ならではの……
 いや、俺にも出来るだろうか」

「悔しかったんだよねー、こう見えて」
「熱い男なのさ。意外とな」

 ハイルヴィヒとヴァルターに茶化されて。
 少し照れた様に目を反らすカール。
 澄ましたイケメンはポーズだったかね。

 で、ヴァルター隊長は。
 手に取っていたのは東洋刀。
 覚えた浪返し、東洋剣術を活かそうと?

「まあ、折角頂いた技だしな。
 剣豪志望って訳でもないんだが」」

 ヴァルター隊長、どうやらレアスキル持ち。
 その名も『剣才』スキルだと。
 一度見た剣技は大体モノに出来る。
 覚えた技の熟練も常人より早いとかで。
 剣士なら喉から手が出るほど欲しい技。

 しかし、この隊長。
 剣士として大成したいでもなく。
 あくまで領主就任から経営志望。
 傭兵稼業には活かせたと思うけど。

 いっそ譲れる物だったらな、と隊長。
 その視線の先にはユッタ。
 昨日泣いたのは見られちゃってましたか。

 ちなみに当のユッタ……第1銃士隊。
 鍛冶屋の手伝い。技術修練中。
 ユッタの指導で剣の手入れを手伝っている。

 いきなり打ち直しは無理でも。
 研いで磨いて。技術訓練。

 じゃあ俺の剣もお願いしようかな。
 と、イェンナやカーチャ。
 我先にと飛びついて来る。
 危ないから。落ち着いてやんなさい。

 作成は無理でも、修繕まで覚えれば、な。
 修理依頼を請け負える。
 小銭ぐらいは稼げる。
 これも職業訓練の一環だ。

 例えば大規模な戦闘でもあったなら。
 装備の手入れで需要が増える。
 専門家を手伝って賃金を得ても良い。

 しかし、この街に鍛冶師は足りている。
 弟子、下働きとして入れて貰ったとして。
 それでも鍛冶屋1件に1人2人だろう。
 修繕だけで食って行くのは難しいか。

 勿論、簡単な鍛冶も出来るよ、と。
 何か役に立つ場面もあるかも知れん。

 食って行けるだけの仕事を得る。
 それには、需要に応えないと。
 じゃあ何が必要なのか。
 状況は変動するが、手札は急に増えない。
 出来る事をして食って行くしかない。

 近現代でも、貧しい時代だと。
 靴を磨いて駄賃を貰う子供とか。
 あれも他にやり様が無かったのだ。
 マトモな技術でも学んでいれば。
 それも余って来ると要らんと言われる。

 色々覚えてみて損は無い。
 天賦の才とは違う。
 学習、習得する技能。

 潰しが効く、応用出来る物だと尚良いが。
 やりたい事と別でも良い。
 欲しがられる物が要る。
 欲しい所に持って行って、やっと金になる。

 手持無沙汰にしているのはノイエ。
 剣が足りないか。
 練習用に、もう少し出そう。
 ユッタ先生、指導をヨロシク。

 ユッタちゃんの弟子だね、とノイエ。
 へへへと笑うユッタ。嬉しそう。
 特訓の件を忘れた訳でも無いだろうけど。
 気が紛れたなら、それはそれで良い。

 他方、新人の指導は第2銃士隊だ。
 裏手で小銃の指導をしている。

 仮の第3銃士隊として。
 臨時の隊長はドルセア。

 戦いに逸るのはフリスティナだが。
 彼女は隊員に留めておく。
 攻撃に集中出来るから。
 そう言って納得して貰った。
 行軍指示は慎重な者に任せた方が良い。

 裏手を見て、視線を戻して……おや。
 表側。窓の外。
 通りに人だかりが出来ている。
 罵倒する様な声。揉めている?
 何だろうかな。ちょっと見て来よう。



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