黒鷲の旅団
28日目(12)婚約破棄も楽じゃない
「ありゃま」
ありゃま?
領主キャスティーナ子爵邸。
話を聞こうと立ち寄ったのだが。
イーディス公主や近衛隊の姿があり。
加えてラングヤール女伯爵まで。
公主と女伯爵の要件は?
やはり婚約破棄の件か。
頭を突き合わせて考えて。
しかし妙案は出ず。
大人、女性、子持ちと来て。
キャスティーナさんを頼った。
勿論、事は簡単ではない。
まず前提として。
ラングヤール女伯爵は婚約を破棄したい。
婚約相手は冒険者ダニエル。
反公主派、大ガーランド伯爵様の孫。
これの素行が悪い。
うちのペトリナへの暴行に限らず。
乱暴狼藉、悪行三昧。
ロクでもない噂が後を絶たない。
婚約を破棄したい理由は幾つも上がる。
ただ、ラングヤールからの婚約破棄。
これはどうも旗色が悪い。
同じ伯爵でも大ガーランドの権威が上。
地元貴族を纏める古株。発言力がある。
公主様と言えども、を口にする。
出来るだけの人物である。
断罪などという単語も浮上している。
それはダニエルのか。
大小の暴行事件など、これまでもあった。
未だ逮捕に至っていない。
また揉み消されるのがオチだ。
そもそも、この婚約。
婚儀自体が目的ではない。
ダニエルの貴族的地位向上が狙いであり。
更に体裁として、奴らの派閥の結束強化。
連中なりの大義がある。
その大義に愛情は関係無いだろう。
例えば……既成事実とか言って。
ラングヤールが浮気したとても。
愛人を抱えて良いとか言われかねない。
子供が居たとしても、養子に取られるか。
最悪、消される可能性だってある。
「ぴえっ!?」
何か小っちゃい声がして。
振り返ると、子供。子供居るのか。
死んだ前の夫との子供だと。
外部で保護した方が良いかもな……
その、保護云々はまた考えるとして。
婚約破棄に向けて。
簡単なのは派閥を抜ける事だが。
ガーランド側から見ては優良物件。
簡単に逃がしちゃくれ……
既に? 弱みを握られている?
夫の存命時、領地経営で失敗し貧窮。
その折、連中に借金をしているとか。
加えて、言われるままに不正。
悪事に手を染めてしまったと。
金に関しては金を返せば良いと思うが。
不正の証拠を押さえられているのが厄介。
この不正が露見した場合。
公主様の権限で無罪放免とも行かない。
公主まで立場が悪くなる。
逆に自供しては。セルフ断罪的な。
身を引くだけなら叶うかもしれん。
自分は相応しく無いのだとか公表して。
「それ、考えたんだけどね。
あの爺さん、構わん、とか言いそう」
イーディス公主の評。
大ガーランドは体裁より実利重視か。
まあ……爵位が目的じゃあ、な。
婚姻前だからとダニエルの無関係を主張。
爵位だけ手に入れば、目論見通りか。
嫁が刑に服している間に領地を乗っ取る。
跡取りは養子でも良い。
愛人連れ込んで作ってもだ。
いよいよ子供保護しないと危なくなる。
誰か大ガーランドに口を出せないのか。
頼りになりそうだったのは?
アーレンベルク侯爵。
中立的な立ち回りで揉め事を仲裁していた。
これが戦死済み。先の魔軍襲来で。
他の公爵・侯爵は。
大半が大ガーランドの仲間か。
あるいは日和見で、頼れそうにないと。
伯爵級では一番上が大ガーランド。
「いっそ黒鷲殿をもう2つ繰り上げては?
公主派と言って良いだろうし、幸い独身だ」
キャスティーナさん、待って。
身内贔屓で昇爵したら反発を招く。
あと幸い独身って何だ。
俺を婿に据える気か。
「ダメよー。こいつ。
後で魔王軍に使っ……げふんごっふ」
イーディス公主、今、使うって言った?
停戦延長の形にか。
俺が差し出されそうになって来た。
「それはほら、さっさと結婚しないから」
「そーそー。結構モテてるんでしょう?」
2人してニヤニヤと……
こう、戦国乱世の世界情勢だろう。
他に相手が居たとして。
しかし本当に大義の為だったなら。
別れて政略結婚しろとかって……あっ?
それか。それだ。
他に大義名分の立つ相手が出て来たら。
国益の為に個を捨てろと迫る。
それならこの婚約は破棄出来るかも?
ポーズで良い。
仮面夫婦で良いんだ。一芝居。
まず交際でも何でも申し込んで貰う。
相手候補は……2人居る、が。
説得力があるのは上の方か。
察した様子のイーディス公主。
ふふんと笑う。
国内の根回しはお願い出来ますか。
噂程度でも流しておいて貰えたら。
交渉、引き合わせは俺がやろう。
ラングヤール女史は一旦屋敷へ。
証人になりそうな護衛を連れて来て。
バルビエ邸の前で落ち合おう。
夫人のコネで俺を偵察に来た事にする。
通信……リュドミラちゃん。
兄さん今、空いてる?
前へ
/黒鷲の旅団トップへ
/次へ
|