黒鷲の旅団
28日目(20)貧しきは心か財布か
「あっ、あんた、子守さんだろ?
うちの姉ちゃん見なかった?
ロザーリエって言うんだけど」
日も落ち掛けた北通り。
サムエル少年を送る帰り道。
駆けて来た男の子。
顔には焦燥の色が浮かんでいる。
君が従弟のチェストミール君だな。
夕食の時間になっても戻らない従姉。
両親は探しに行こうともしない。
心配で、見に行った孤児院はもぬけの空。
憲兵から悪い冒険者の話も聞いただろう。
攫われたかと不安がっていた様だ。
「そっかー。うん。帰んない方が良いよ。
親父、すぐ姉ちゃん叩くんだもん」
両親は姪を冷遇していて。
しかし従姉弟の仲は良かった様だ。
従姉がよく夕食を抜かれたり少なくされて。
従弟は自分のパンを分けたりしていたとか。
家庭が貧しい様な話も聞いていたが。
父さんの仕事は。日雇いか。
難民で、家こそ借りたものの。
未だ定職に付けていない。
母さんも針子の仕事をしている。
旦那の稼ぎが悪い。
よくケンカしているらしい。
道順の都合だ。
サムエルも連れたままなのだが。
チェストミールの案内で彼らの自宅へ。
「ああ、無事だったのかい! 良かった!」
「母ちゃん、あの、姉ちゃんが」
「お前さえ無事なら良いんだよ。
ほら、お入り」
母親の方は戸口で待っていた、が。
心配だったのは自分の息子だけか。
チェストミールが母親と引っ込んで。
えーと……少し待っていると。
2人共、戻って来る。
「ししし失礼しました!
貴族の方だなんて!
息子を連れて来て頂いたみたいで。
大変ありがたい事ではございますけれど。
その、生憎とあまり余裕が無い物で」
母親の方。ロザーリエの叔母リビェラ。
別に礼をせびりに来たんじゃないんだ。
姪を保護していると告げる。
生活が苦しい様なので、当面預かろうかと。
助かります、お願いしますとリビェラ。
邪魔にしているが、一方で。
罪悪感ぐらいはあったかな。
「あれを愛人にでもするってぇんで?
謝礼は? 金とか頂けるんでしょうな?」
後から顔を出した酒臭い男。
これが叔父か。ダリボル氏。
「ちょっと、あんた! 失礼だよ。
食い扶持が減るだけ助かるじゃないか。
この間だって、欲かいて酷い目に遭って」
「ちょっとぐらい、いいじゃねえか。
この御仁はあのガキが欲しいってんだ。
あのガキだっていい暮らしするんだろ。
俺達だって金が欲しい。
な。ちょっとぐらい良いじゃねえか」
うーん……
支援金ぐらい出しても良いけどな。
息子君の従姉への慈悲に免じてなら。
銀貨で200枚渡す。20万。
金貨なら2枚で済む額ではあるが。
金貨で渡すと、すぐ無くしそうだ。
盗まれるか豪遊するか。
改めて、姪御さんを預かります。
自分で食えるようにする。
こちらへの支援は不要だが。
逆の仕送りとかも期待しない様に。
親しい従弟の為なら分からんけれども。
「へへへ、やったぜ。酒買って来い、酒」
「あんたねえ、いい加減に!」
「もー、やめなよ2人とも。やめなよー」
何やら揉め始めてしまった。
ここはお暇しよう。
振り返るチェストミール。
俺は彼に軽く手を振って。
一家を離れ、今度はサムエルの家へ。
「なんか、気分悪かった」
サムエル君。俺も思ったけれども。
性根が冷たいだけとも限るまい。
何か上手く行かなかったんだろう。
荒んでしまったんだ。
小さい子に穀潰しと言ってしまう。
貧しさが、余裕の無さが悪いのか。
それをただ叱っても解決しないだろう。
勿論、貧しいから何して良いでもない。
暴力や搾取を許そうとも思わないが。
戦争が落ち着いたとして。
それで、はい幸せ、とは行かない。
失った家、生活、財産、仕事。
取り戻すには時間も労力も必要だ。
ロザーリエには従弟が、味方が居た。
それは幾らかの救いだった。
味方も居ない貧しい子供達はどうか。
どこで飢えに苦しんでいるやら。
まあ、助けて回る方にも余裕が要る。
金銭にせよ体力面にせよ。
早々に引き上げて、休んで。
明日また働いて、だ。
「俺も何か、働こうかなあ」
サムエルの家庭も両親が共働き。
あまり裕福とは言えない様だ。
そんなに焦らなくても良いと思うが。
手伝いとか始めてみるのは良いかもな。
「ああ、サムエル!」
「よく頑張ったな。怪我してないか?」
置き手紙で事情は伝わっていただろう。
サムエルの両親が出迎えて。
安心したのか涙目のサムエル。
さて、俺も帰らないと。
そう思って振り返り……何だ?
妙に明るい……火?
火災か? 街が燃えている?
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