黒鷲の旅団
29日目(7)身の程と最善

「お、親父さん! あたし、あたし!
 何も出来なくて、あああぁ!」

 合流するや泣き出してしまうヴラスタ。
 村の子がやられたのを見てしまったか。
 泣くな泣くな。お前のせいじゃない。

 竜の暴れる村から南西に数キロ地点。
 逃げて来た外縁チームと合流した。

 悔しそうなジュリオ、フランカ。
 疲れた顔のキースやルパート達。
 それでも、逃げ遅れた者は居ないな?

 気絶しているのはシスター・セルマ。
 村へ助けに行こうとしたらしい。
 ロジェが殴ってまで止めた。
 荷車に押し込み運んで来たという。

 バート隊、小さいのが見えないのは。
 早々に帰還スクロールで脱出済みか。
 エスターだけバートが手を引いていた。

 エスターは。お便所に行ってて遅れた?
 そういう事もあるよなあ……

「も、もう、行っても良いよね!?」
「待って、お姉! 作戦しないと!」

 駆け出そうとするジュス姉さん。
 アンヌが引き留めて。そうだ、作戦を。
 無暗に突っ込んでも被害が増える。

 村の様子は。狙撃銃のスコープで見る。
 竜、ズメイが暴れ回っている。
 振り回す尻尾が周辺の木々をなぎ倒す。
 口からの火炎ブレスが家々を焼いている。

 村人は……逃げ惑って。
 しかし、村に残っているのも確か。

 腰を抜かしている奴。
 他人を助け起こそうとしている奴、と。
 燃える家の火を消そうとしている奴は何だ。
 家財か。誰か取り残されているのか。

 第1、第2銃士隊。狙撃用意。
 弾丸はゴム弾。付与は転移魔法。
 村人を転移付与弾で強制離脱させる。

 弓兵、弩兵隊。斉射用意。
 電磁加速魔法展開。
 付与は水、水蒸気、恵雨魔法。
 竜は撃たずにブレスの消火を狙う。

 新人3名は今は撃つな。
 サンドラ、トゥーリカと竜を監視。
 何か気付いたら声を上げてくれ。

 そもそも温厚な竜だ。
 鎮静魔法付与弾でも撃ってやりたいが。
 効きが足りずに注意だけ引くとマズイ。
 今でも探知反応がやや敵対的だ。

 救助や消火も睨まれるか分からん。
 各隊、帰還スクロールを用意。
 すぐ出せる様に。

 あとは……燃えている家の中がどうか。

 水と同じく、建造物も探知距離を阻害する。
 あの中に生き埋めが要るかどうか。
 距離を詰めないと分からん。
 近付きたいが竜に気付かれる。どうする。

 囮役を名乗り出るジュス姉さん。
 だったら俺もとクリムさん。
 頼めるなら頼みたい所だが。
 犠牲者の仇討ちなんて考えるなよ?

「ぎくり」

 姉さん、口でぎくり言っちゃったよ……

 感情で戦端を開いてはならない。
 被害者がユッタとかなら俺もキレるが。
 キレたとして、キレても尚。
 下手な仕返しをしては応酬の連鎖だ。
 マリナやイェンナまで死ぬ事になる。

 やるなら必殺の一択で。
 しかし必殺出来る相手じゃない。
 泣いて悔いても今は我慢だ。

 勝てないならどうする。生存者を逃がす。
 竜が落ち着くまで距離を取る。

 それにしても、竜。温厚そうだった奴。
 ここまで荒れるとは。
 何があった。子供でもやられたか?

 とにかく配置は逆にしよう。
 俺が竜を引き付ける。
 その間に姉さん達で村人の撤退支援。

 転移付与弾で狙えない奴も居るだろう。
 こっちから見える場所に放り出して貰う。
 そこをユッタ達が付与弾で狙えば良い。
 転移付与のゴム弾。強制脱出。

 俺は俺で転移と縮地を使う。
 回避に徹すれば時間ぐらいは稼げる。
 やられるつもりは無い。
 囮役がやられては姉さん達も危ない。
 先に村人を片付けてくれ。
 終わったら俺にも付与弾を。

「それは良いけど、あっち?」

 アンヌ、あっちとは……うっ!?

 前方右方向。ドゥムブラヴィツァ方面。
 集まって動いている鎧の集団。黒獅子隊か。
 竜に向かって前進している様に見える。

 通信。おい、無茶すんな。

『無茶は承知の上だが、ご命令だ。
 今の俺達は国軍だ。民を守らんと』

 ヴァルター隊長。そうでした。
 土地を預かる貴族。統治者の義務。
 行かねば何の為の軍隊かと非難を受ける。

 接敵は避けられない、として。
 ちょっと待て。俺が合流する。
 作戦とか魔法支援が要るだろう。

 アンヌ、すまないが……うおっ、ちょ!



前へ黒鷲の旅団トップへ次へ