黒鷲の旅団
30日目(12)後ろの正面、じゃなかった

「へっへ〜、旦那旦那〜」

 偽イェルマイン。中身はエリック。
 変身魔法で化けさせてある。
 本物より少しチャラいか?

「あんまり喋るとボロが出ないか」

 偽サナトス。中身はバート。
 こっちは本物より少しクールかも。

 偽物を残して本物2人は出張。
 コンスタンツァのシュメルダ伯爵邸へ。
 屋敷に存在するハズの裏帳簿を探す。

 貴族派閥を弱らせる為、犯罪紛いの裏工作。
 これを実行する理由が浮上してしまった。

 統治系プレイヤーのシステム仕様。
 外交の為、公主が首都に居ない今。
 犯罪発生のアラーム表示が彼女に行かない。
 彼女と配下が駆け付けるのが遅れる。
 鉢合わせするリスクが大幅に下がる。

 犯罪発生自体のログは残るが……
 それでも誰がやったとバレなければ。
 最悪バレても、公主が知らなかったらか。
 公主に疑いの目が向くのは避けたい。
 まあ、暗殺ではなく不法侵入だ。
 深刻な追及も無いとは思うけれども。

 その潜入作戦の間、アリバイ工作だ。
 俺は偽物を連れてコドレアに向かう。
 一緒に居たという目撃情報を作る。

 子供達を纏めて引率。
 うちの子達とイェルマインの銀狐隊。
 サナトスの隊、翼蛇団のお嬢さん方もか。
 雑談しながら和気藹々と行軍する。

 ここを通った、ここに居たと残すだけ。
 主目的自体は大した事ではない……ないが。

「パパさん、アンヌちゃんが」

 マリナの懸念。アンヌ。
 アンヌ、その状態は無理して無いか。

「ん? んー……」

 生返事。集中している。
 輜重隊の荷馬車、荷台に陣取ったアンヌ。
 バレットM98Bを構え、後方を警戒中。

 スコープを覗く右目に変化。
 眼球が黒くなり、瞳孔が金色に光っている。
 目の周りにも紋様が浮かぶ。
 何かしらの本気モードなのだろう。
 鼻血が垂れているが気にもしない様子。
 同乗しているマイナさん、拭いてあげて。

 警戒の対象は神人、異世界勇者達だ。
 昨日まともに戦って危なかった相手。
 後を付けて来ないか気になって仕方がない。

 俺も気になるが……どうだろう。
 悪さをしに来るのかどうか。

 政治上、女王の手前、やり難いとは思う。
 シュテルンとロンバルディアで停戦中。
 しかし分かってないアホが居るか分からん。
 少数でもアホが居ると被害を受ける。
 アホでも強者には成れるからタチが悪い。

 子供達を前へ促しつつ。
 俺は俺で後方、索敵支援を試みる。

 探知、看破魔法……には引っ掛からないが。
 これが本当に居ないのかどうか。
 相手の隠密系スキルのが上かも分からん。
 スキルレベルで負けてると暴けない。
 見つからないイコール居ないとは限らん。

 穏天魔法、風を弱めて音響解析魔法。
 自然物が多くて音が乱反射。難しいな。

 逆に天候を荒らしてみる。降雨魔法。
 街道沿いなら泥濘で足跡が残る……が。
 草原に出られるとその限りでも無いか。
 穏天。降雨を停止。次はどうしよう。

 コドレアの集落まであと少しだ。
 入った後では追っ手が人に紛れやすい。
 紛れたまま何をして来るか。
 行動を起こすなら村の外が良い。

 ダメージが入れば隠密が解けるが。
 相手が勇者でなかったら。
 例えば女王や将軍の寄越した偵察だったら。
 殺して良いのか微妙な所でもある。
 一帯を焼き払うみたいなのは止めとこう。

 そうなると……殺さない程度に。
 居ると思いませんでしたで済む様に。
 口実。魔物や害獣の駆除の為、で良いか。

 ハンナちゃんを真似してみる。
 毒、風、水蒸気、空調。
 毒霧魔法ポイズンミスト。
 後方へ毒素を送り出してみる。

 反応が無い……少し続けてみるか。

 そんな折、横風が吹いた。
 山から。西から東へ。
 視界の端にチラと探知表示。HPバー。
 右翼は弓兵隊、エメリナが声を上げた。

「そっち! えっと、4時!」
「でかしたっ!」

 後ろではなく側面寄りだったか。
 先に撃ったアンヌ。次いでユッタ。
 それぞれ昏倒、痙攣魔法付与。
 右足と右肩狙いが当たった。
 解析。行動不能状態。魔法が効いた。
 どうやら耐性の隙間を突いたか。

 解析。さっきの勇者の1人だな。
 名前はジェイ。記号1つ。
 カーチャ達に絡んで来た1人。
 誰か……クリムさんが行ってくれた。
 捕えて引き摺って来る。

 長い溜息を吐くアンヌ。一段落かな。
 他に仲間が居ないか。
 進行方向右翼を重点的に探る。
 クリムさんが戻り次第、また毒霧。
 反応無し……一先ず居ないと思われる。

 後はこいつをどうしてやろうか。



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