黒鷲の旅団
30日目(15)裏口の代わりにお嬢様
「え、えっ……こ、こんにちは?」
あ、はい、どうも……
バダンテール子爵邸、潜入作戦。
潜入、が、いきなり頓挫の様相だ。
屋敷の外、火炎瓶で小火を起こした。
衛兵に呼び掛けたから大事には至るまい。
衛兵の注意を反らして、その隙に侵入。
窓を覗いた途端にこれだった。
いきなり家人と遭遇してしまった。
侍女だな。子供の侍女。
丁度、外を覗こうとして。間が悪い。
口を封じるのも忍びないが。
上手く言い包められるか。
「キトリー、誰が来たの?」
「セシルお嬢様」
戸惑っている間に、もう1人来てしまった。
これは日が悪かったと諦めよう。
逃げ道。用意しておいた手紙を差し出す。
届け物に来た冒険者の体で。
衛兵に会えなくて入って来たと告げる。
衛兵が居ないのは俺のせいだけれども。
お嬢様に手紙を渡す。
受取のサインを頂いて……そうだ。
それとなく聞いてみる。
お家の方はお出かけですか?
「お父様は夜まで戻らないわ。
ガーランドの所で会合。
あいつもお父様も嫌いよ。
公主様を悪く言うんですもの」
お嬢様、お喋りさんだった。
えー、お立場、お立場。
ガーランド派の子爵令嬢が公主派。
聞かれるとマズいのではと宥めつつ。
公主様がお好きですか。
自立している姿が素敵だという。
「その点、お母様はダメね。
あれは依存してるって言うんだわ。
寂しさを男で埋めてるのよ。
今日も先生と、あ、家庭教師の」
え、不倫。家庭教師。
親御さんの不倫をそんなペラペラと。
オロオロするのは侍女のキトリー。
分かってる。内密にね、内密に。
口は堅い方なのでご安心ください。
しかし……家庭内不和、はともかく。
お嬢様は公主様が大好きですか。
これは協力を仰いで良い物やら?
こちらも公主を応援している、と前置いて。
小耳に挟んだのですがと、裏帳簿の件だ。
貴族の取引の調査依頼が出ていると告げる。
悪い取引。奴隷とか、毒物の輸入とか。
で、その手の証拠を見つけましたら、だ。
お父様に限らず、ご友人や何かの話でも。
公主様はお知りになりたいでしょう。
もし、公主様宛に秘密の配達があれば……
お手紙でも、何かの帳簿でも。
で、お父様に宛先を知られたくない場合。
目印代わりにグリフィンの羽を渡す。
これを添えて東区エノーラの酒場まで。
そこから取り次いでお届けします。
「悪い取引、証拠を探す……
私が公主様の密偵をするのね!
面白くなって来たじゃない」
「あああ、お嬢様。いけません。
旦那様に知られたら怒られます」
「知られなければ良いじゃないの。
エノーラの酒場ね。覚えた」
助かりますが、お声が大きいでーす。
無茶はしないで下さいよ、と。
用心は促しつつ帰途に就く……
帰途。衛兵の所をどうしようか。
こっそり入ってしまった。
そのまま通れば咎められる。
注意を引ける道具。何があったっけ。
火炎瓶は来る時に使ってしまった。
他に無かったかとストレージを探る。
と、何故かワイヤーアンカーがある?
いつ手に入れたんだったか。
まあいい。使ってみよう。
右手、義手に装着。
壁の上へアンカー射出。固定、確認。
ワイヤーを巻き外壁の上へ飛ぶ。
見られていないかと振り返り。
軽くヤバい物が見えた。
2階の窓越し、縛られた男を鞭打つ女。
家庭教師と奥様かなあ。
後ろ姿で顔は見えないが。
怖い怖い。退散、退散。
お嬢が証拠を見つけるかは分からん。
そこは期待半分としておいて。
敵方に協力者を見つけたのは成果だ。
次の時はお嬢に口裏を合わせて貰える。
さて、子供達と合流しよう。
ロジェの影武者は大丈夫だっただろうか。
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