黒鷲の旅団
31日目(15)違う正義は悪?悪だとして

『そっち、ちゃんと濡らしたー?』
『めっちょりー』
『漏らしたパンツぐらい?』
『何でこっち見て言うのです』

 子供達と、畑の外に水系魔法。
 取り急ぎ魔法の散水を済ませた。
 カリマに絡んでいるのはティルアか?
 おねしょした話は聞かんが。

『よし! 着火よろし!』
『ふぁいあ、ふぁいあー!』

 魔女達が畑を燃やす段階に移る。

 ちょっと湿らせ過ぎかな。
 燃え残るだろうか。
 燃料魔法も併用するから良いか。

『よく協力するよね』
『ねー?』

 不思議がっているカーチャとノイエ。
 神聖教会、魔王軍との共闘。
 まあ、利害は一致してるから。

『でも悪い奴じゃね?』

 マルカの問い。気持ちも分かるが。
 まず、その『悪い』について。

 神聖教会。マイナさんを傷付けた。
 亜人や半魔を迫害する。

 魔王軍。街を襲い人を殺す。
 奴隷兵を吊るしたりする。

 悪い事だ、と俺も思うが。
 連中はそうは思っていない。
 奴らは奴らで守る物がある。
 秩序だの国益だの。
 奴らはそれを正義だと信じている。

 魔王軍の正義……損害の抑制。
 怖がらせて降伏を促す、とか。
 それで生きて帰れる兵も居るだろう。
 怖い魔人が良い魔人、にもなり得る。

 まあ要は、違う正義という奴だな。
 前提、正義とは何であるか。
 その基準が違う勢力だ。
 命、仁愛、秩序、利益。
 重きを置く所が違う。
 自国の為なら他国は生贄かもしれん。

 そういう『違う正義』に出会った時。
 価値観を擦り合わせられれば良いが。
 連中も簡単に曲げられない。
『だってこちらが正しいんだ』
 こちらがそう思ったとして。
 相手はそう思っていない。

 ならばどうする。妥協点を探す。
 どこかに不干渉の線を引く。
 それが出来ないと戦争状態になる。

『相手は善か悪か』
『相手と戦争するのか』
 これをセットで考えるのは危険だ。

 相手が悪だからと戦争を仕掛ける。
 勝ったら悪さを止めろと。
 つまり勝ったら従えと言って戦う。
 それで負けた時にどうなる。

 正しい方が強いとは限らない。
 自分で相手が悪だと定めただろう。
 悪だ。ならば正義より狡い事もする。
 狡い事をした分だけ強いかも知れん。

 自分の価値基準が正しいと信じる。
 自分の中で完結する限りは自由。
 好きな様に信じれば良いとして、

『おーい、兄貴』

 クリムさんから通信。
 俺はいつから兄貴になったんだ。
 姉さんの舎弟の先輩だからか?

 戦車は動いたか。まだか。
 後退や旋回を繰り返している様子。
 動揺しているが決断に至らずかな。
 もう少し様子を見よう。

 で……何だっけ。価値観。
 自分の価値観は信じるとしてだ。

 それを他者にも力ずくで押し付ける。
 それは果たして正義だろうか。
 正義を守る、貫く為に。
 暴力という汚い手段を使うのか。

 俺はそうは思わない、が。
 そう思う奴もまた居るだろう。
 そういう奴らとも折り合いをつける。
 でないと戦争が起きてしまう。

 命を脅かされたら抵抗する。
 その喫緊の事態に躊躇は要らない。
 だが、その先はどうか。

 戦争は避けたい、と思ったら。
 勝ちたい、言う事を聞かせたいとか。
 そういう我欲は抑えなきゃならん。

 欲だ。他者より優位に、なんてのは。
 他者を捻じ曲げて自分を通すのは。
 力ずくは勝者だが善の行いではない。

 と、これは俺の価値観だな。
 それぞれに正義があって良い。
 強制はしない。違って良い。

 同じ方を向いていると助かるが。
 違っても、一人立ちまで面倒は見る。
 他へ移りたいのなら尊重もする。

 ただ、忘れるなよ?
 正しいから、が効かない相手は居て。
 それでいて戦争は最後の手段だ。
 気に食わない、までは自由。
 戦争は他人にも犠牲を強いる。
 猶予がある内は言葉も使う事。

 どう言葉を使うか。
 外交。交渉。言い包めの世界。
 俺もあまり得意分野でないが。
 後で意見を出し合う時間ぐらい、

『おおいー、兄貴よぉ』

 再度クリムさんに呼ばれる。
 動いた? 動いたか。
 魔軍襲来の知らせも受けただろう。
 村よりガーランド領防衛。
 領地を守りに帰る。

 横っ面を引っ叩こう。行動開始だ。
 外交やらの授業はまた今度。
 ケンタウロス隊から出撃準備。
 俺もすぐに向かう。



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