黒鷲の旅団
8日目(5)魔軍の誘い

「私は軍略の魔人デルフィアンヌ。
 軍師みたいな事をしている者よ」

 魔人だと名乗る貴族娘。
 尖った耳。頭の両脇に巻き角。
 風体は確かに魔人の様だ。

 解析……レベル774だと? 3桁?

 俺は咄嗟に撃つなと叫んだ。
 武器を構えたまま硬直するユッタ達。

 探知情報の共有化。
 相手のレベルが見えてしまう。
 徐々に動揺が広がって行くが……
 良い子だ。良い子だから撃つなよ?

「賢明ね。
 何かされたら思わず殺しちゃうかも。
 こちらがその気になっても殺しちゃうけど」

「ヒッ!?」
「あ、あっ!?」
「こいつ、尻尾がゾワゾワするっ!」

 一瞥されただけだというのに。
 レーネ、フェドラ、マルカが変身した。
 対抗措置というより、防衛本能か。

 変身、秘められた力の解放。
 確かに魔力や身体能力は向上するが。
 ここまで格上だと、最早、焼け石に水。
 下手に抵抗しても瞬殺される。

 考えろ。考えろ、俺。
 コイツは、殺そうと思えば。
 いつでも俺達を殺せる。

 いや、殺せた。
 既に殺せたハズだ。
 殺す気なら、そう、最初から。
 突っ込んで来て殺している。

 そうしない。
 何か興味を引く物があったハズだ。
 興味を引き続ける。
 その間に交渉の糸口を探すしかない。

 時間を稼ぐ。
 興味を引き続ける……には、どうする。

 ……お嬢さん、暇潰しは順調か?

「くすくす。面白い事を言うのね。
 魔人が、魔王の娘が?
 暇潰しなんかで来ると思う?」

 乗った。
 否定的でも会話には応じる様子。

 恐らくだが、来たのは命令で。
 しかし退屈だと見える。
 ただ潰さずに、観察だ。
 どうやって抵抗するのか見物している。

 根拠は……そうだな。
 手下の骸骨やらを小出しにしている。

 ただ潰す気なら、逐次投入なんてしない。
 全部一度に押し寄せれば済む話だ。
 それが分からん無能にも見えない。

「くすくすくす。半分当たり。
 いいえ、7割正解かしら。
 見物しているのは本当。
 退屈なのも否定はしないわ。
 でも、ちゃんとお仕事しているのよ?」

 デルフィアンヌ曰く、人類検証計画。

 自分達に無い戦術を見せる。
 そういった人間を探し、模倣する。
 既に効率化、システム化。
 ルーチン化した魔軍。
 その侵略に、更なる変化を取り入れる。

 戦略・戦術ドクトリンのブラッシュアップ。
 どうやら魔王様とやらは革新的だ。

「その点、あの勇者達は退屈だわね。
 連携なんて言っても。
 あれは順番に攻撃してるだけだわ。
 あの騎士団長は少しマシかしら。
 兵隊ぶつけ合えば面白そうだけれど。
 それより貴方よ。
 貴方の部隊? まあまあだわ」

 軍略の魔人、こちらについて評価。

 戦略では堅陣防御。
 敵の進入路を限定した迎撃。
 投射兵科による三段射撃。
 壁役と攻撃役の分業化。

 乱れの無い隊列。
 指揮官と部下の信頼関係も見える。

 戦術は魔法付与。
 錬成を利用した効率的な火計運用。
 スケルトン、アンデッドの処理。
 除霊ではなく元素分解するという機転。

 分隊長らしき子供達の配置。
 自発的に動くのがまた素晴らしい?

「レベルはちゃっちぃんだけど。
 それ以外は水準以上なのよね。
 貴方、取引しない?
 私達の軍門に下るの。
 それなりに優遇するわよ?」

 魔王軍は大きくなり過ぎたのか。
 分隊長が足りないらしい。
 陣形を整えて突っ込ませる。
 その後がどうにもならない。
 打開策として、指揮官が欲しいという。

 亜人や半魔連れ。
 人間側と折り合いが悪そうと。
 そこまで見抜かれている。

 魔王軍。街を襲って人間を容赦無く狩る。
 そんな人類の敵、という位置付けで……
 しかし人類の敵とは、そして人類とは何だ。
 亜人の子供達を迫害する人類。
 その敵とは、必ずしも俺の敵だろうか。

 だが、魔王軍に人間を?
 他の配下が納得するのか。

 雇用条件は、俺達以外。
 この街の人間の皆殺し。
 非道さをもって認めさせる、と同時に。
 未練を断とう、という意図も見える。

 直下の部下、マリナ達は見逃すと言うが。
 魔女や騎士団には借りもある。
 ガイゼル達にしても。
 先に見捨てないと約束した。

 魔王軍に下るのは無しだ。
 相容れない敵、とは思わないが。
 状況的に対立せざるを得ない。
 政治・軍略・生活の上で。

 個人的な友人になる、ぐらいであれば。
 考えても良いけれども。

「くすっ……ふっ、ふ、ふあははは!
 個人的な友人ですって?
 考えても良い?
 大した思い上がりだわ。
 貴方、レベルって分からないかしら。
 粋がったって覆せない力の差。
 それを前に、何が出来るというの?」

 さあ、どうかな。試してみよう。
 もう少し強い手下をくれないか。
 俺1人で倒したら、どうだ。
 少しばかり認めて貰えないか。

「ふ〜ん……言うじゃない」

 後方に手を振る。
 何か支度に掛かるデルフィアンヌ。
 すぐ殺しに来ない。
 どうにか興味を引けただろう。
 まだ採り得る手段は残されているハズだ。



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