黒鷲の旅団
8日目(19)何であれ夜は更けて

「ぐむむむ……ふんぬううう〜……」

 接続を切ると、後ろで変な呻き声。
 妹か。フィロメーラ。

 俺のベッドに寝転がって。
 携帯端末でゲームリンク。
 靴下を脱ぎ散らかしてある。
 相当にだらしない。

 言いたい事は色々あるが……どうした。

 妹。キャラクター名はフィロメーラ。
 現実世界でも使っている名前。
 偽名というか2つ目の名前だが。
 そのゲームの中のフィロメーラ。
 現在、捕まっているらしい。

 捕まって……敵ではなく、味方に。

 生まれをお嬢様に、職業を商人にした。
 貿易や何かで成り上がった。
 莫大な財を成した。
 周囲、王侯貴族からも一目置かれている。

 高評価である。であるが故に。
 自由に動き回れない。

 ゲーム内のご家族。
 蝶よ花よとチヤホヤチヤホヤ。
 爺や、メイド達、家庭教師。
 幼馴染まで過保護揃い。
 誰1人として彼女の1人旅を認めない。

 旅の試練は旅ではない。
 下準備の方だった。
 護身術や交渉術を身につけて。
 護衛役を選別して。
 更に数多のクエストをこなす。
 実力を示さなければならない。

 配下の商人達。
 何かにつけて裁可を取り付けに来る。
 急ぎ、代理が出来る者を育てている様だが。
 本拠地ベネツィアを出発点に。
 目標は、俺の居るルーマニア。遠い。
 数日の休暇取得と小旅行。
 まだまだ先になりそうだ。

 お嬢様と言えば。
 イーディスはどうしただろう。
 まだ起きているかと通信してみると。
 映像付きでリンクした。

 映像、が、土下座。

『どうかお助け下さい。
 勇者様ホントお願いします。
 うちの国が大ピンチ〜もう知ってるか。
 褒美とか、もう思いのままなんで。
 何とかしてやってくださいって。
 あああんもおおおお〜!」

 えーと……落ち着け。
 俺は召喚勇者か何かか。
 レベル800クラスだろう。
 レベル27に縋ってどうする。
 アイディアは出せても実行力は怪しいぞ。

『それ、その、アイディア!
 アイディア勇者様!
 お願いしますヘルプミー!」

 何、その勇者……

 今日の戦い、北側を対処したら。
 次は南側に来るハズだった。
 それが来られなくなったのだから。
 北側でも苦戦している。
 それは想像に難くない。

 だとして、原因は何だ。
 何が足りないのか。

 戦闘ログを見せて貰う。
 敵兵レベルの大半が20台。
 精兵でも50程度。
 各個撃破で勝てない相手ではない。

 問題は数だ。
 イーディス軍1千ぐらい。
 敵公国軍は5千で迫って来ている。

 敵の方が多い。
 囲んで倒すにも限度がある。
 挙句、兵の質でも勝っているとは言い難く。
 同数で当たっても苦戦必至な相手だ。

 結局、公主や熟練神人が駆け回って対処。
 対処するけど間に合っていない。

 損害は少なくない。
 評判も落ちて行く。
 救援に行けなかった冒険者達。
 ギルドからも苦情が出ているという。

 援軍は……呼べないのか。

 イーディスの領土、本拠地はイタリア。
 王権を巡り兄弟姉妹と争ったらしい。

 敵対した有力貴族を多数処刑した。
 後継者は経験不足。育成中。
 遠征に駆り出せる状態ではない、と。

 人は出せなくとも金は出せないのか。
 例えば傭兵だ。
 各種ギルドからも有志を募るとか。
 銃士ギルドでもレベル100近いのが居たぞ。
 やってみる、と涙声。べそべそ。

 通信を切り……また通信。
 アシュリィさん、起きてますかー?

『ふっはあ、来たああ!
 カチコミか? 援軍要請か?
 それともデートのお誘いか?
 何でも良いぞ。最近暇していてなー。
 殺し合いもゲームの中ばかりだ』

 リアル傭兵アシュリィさん。
 いやその、ゲームの話なんだが。

 戦闘狂風味のアシュリィさん。
 同レベル帯のイーディス公主。
 良いケンカ相手のはずだ。
 しかし突っ込み過ぎている。
 相手が疲れてしまっている。

『よぉし、ならば私が加勢しよう。
 寝返ってやろうではないか。
 我ら傭兵。
 まだまだ戦争して貰わねば困るからなぁ♪』

 凄い上機嫌になったアシュリィさん。
 あまり優位でも退屈になる。
 今度は何して遊ぼうか困るんだろう。
 ゲームの世界の上級者達ってのは。

 ゲームの世界、と言えば。
 件のゲーム会社の調査は進んでいない。
 こちらは軍事企業が、相手はゲーム会社。
 どう接触したものやら。

 そういえば。失踪した奴。
 確か戦闘用IAプログラマーだったか。

 御社のIAに興味が、とか。
 何か持ち掛ければ良いのか?

 ゲームの中に人を送ろうとしている。
 そんなマッド運営陣はともかく。
 親会社は出資を無下にできないだろう。

 妹と相談を、と振り返ると、寝てる。
 おい、自分の部屋で寝ろ……おーい。

 仕方ないので部屋まで運んでやる。
 年の離れた、小柄な妹。
 安らいだ寝顔は概ね子供の様だ。

 あっちの子供らも、どうかな。
 ちゃんと寝てると良いんだが。



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